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渋谷のヴァンパイア②

「桐ケ谷玲旺です。名刺がまだ出来上がっていないので、後日また改め……」 「いいわよ、名刺なんて。それよりプライベートの連絡先教えてくれたら嬉しいな」  そう言って氷雨が玲旺の手を取る。強く握りしめられたので思わず舌打ちしそうになったが、何とかこらえた。 「ねぇねぇ、お家はドコ? 今度あそぼ?」 「氷雨さん、新人をからかわないでくださいね。それより、服のサンプルをご覧に入れたくてお持ちしました。デザインはもちろん、生地も縫製もこだわっていて、このお店のコンセプトにも合っていると思いますよ。奥で詳しくご説明致します」  グイグイと迫る氷雨に、久我が危ぶみながら「スタッフルームへ移動しましょう」と声を掛ける。 「ごめんね久我クン、後にしてくれるかな」  久我を見ようともしない氷雨が、玲旺の腰に手を回して抱き寄せる。それを見た若い女性客が、悲鳴のような黄色い声を上げた。興奮した女性客は、氷雨のすぐそばまで来てスマホを取り出し、震えながら懇願する。 「ひ、氷雨さん、お二人の写真撮ってもいいですか? 私、氷雨さんの大ファンなんです! スーツのお兄さんも凄く綺麗で、お二人がとっても絵になるからッ」  玲旺に向けていた満面の笑みを一瞬で消し去った氷雨が、彼女を冷たく見下ろす。 「は? このお店のルール知ってる? 僕から話しかけるのは良いけど、僕に話しかけちゃいけないの。せっかく桐ケ谷クンとの距離詰めてる時に邪魔しないで?」  氷雨が話し終わらないうちにスタッフが風のように現れて、あっという間に女性客を店の外へ連れ出してしまった。「ごめんなさいぃ」と言う声がどんどん遠ざかる。 「何なの、この店」  ローカルルールにも驚きだが、素直に従う客もどうかしている。氷雨に抱きしめられたまま、玲旺は体をのけ反らせて思い切り顔をしかめた。一体何者なんだと怪しがる。 「キミ、まさか僕を知らないの? 僕ねぇ、いわゆるカリスマ店員ってヤツ。雑誌にコラムも持ってるし、フォロワーも何十万人もいるの。このお店は僕が仕入れを担当していてね、僕が選んだ商品ってだけで、大注目されちゃうんだ。凄いでしょ?」  なるほど、久我の言っていた「確実に評価が上がる」とはこの事かと合点がいったが、今の状況には納得いかなかった。

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