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渋谷のヴァンパイア③

「氷雨さんでしたっけ? すみません、離していただけますか」  努めて冷静に告げたつもりだったが、思った以上に発した声色は刺々しいものだった。それでも氷雨は楽しそうに、腰に回した手をジワジワと下へ移動させる。 「どうして? キミと仲良くなりたいだけよ。僕の顔、もっとちゃんと見て。人形みたいに綺麗って、みんな褒めてくれるの。キミも好きになってよ」 「氷雨さん、今日はどうしたんですか」  流石に様子がおかしいと思ったのか、久我が間に入って止めようとした。氷雨は玩具を横取りされそうな子供のように、更に玲旺を強く抱きしめる。  唇が触れそうなほど顔を寄せると、玲旺の腰から下をゆっくり撫でた。その手に力を込めると、氷雨の白く細い指が玲旺の尻の肉に食い込む。その瞬間、我慢の限界が訪れて、玲旺は気付くと氷雨の胸ぐらを掴んでいた。 「オマエ調子に乗りすぎ。生憎、自分の顔を鏡で毎日見てるんでね。綺麗な顔なんてもう飽き飽きしてんだよ」 「桐ケ谷、暴力はやめろ」  久我に制止され、玲旺はゴミでも投げ捨てるように氷雨から乱暴に手を離す。勢いが余って氷雨はよろめき、ディスプレイ棚にもたれかかった。驚いて見開かれた氷雨の赤い目は、直ぐに恍惚の色に染まる。 「うっそ。その顔で俺様とかマジ? 僕に向かって『オマエ』とか言っちゃうの? 綺麗な顔は見飽きてるって? なんかもう、全部最高なんだけど」  乱れた襟元を直しながら、氷雨が舌なめずりをする。また抱き付きそうな勢いだったので、久我は玲旺を引き寄せ、自分の背に隠した。 「また出直します。今日は部下が手荒な真似をしてすみませんでした。でも、氷雨さんも度が過ぎましたよ」 「久我クンも、僕に向かって遠慮がないよね。そういうトコ大好きだけど。桐ケ谷クン、ごめんなさいね? だって僕、夢中になっちゃうと歯止めが利かないから。またお話しましょ。会いに来てね」 「二度と来るかよ、バーカ」 「桐ケ谷!」  久我に強く窘められても、玲旺はツンとそっぽを向いたままだった。 氷雨が真っ赤な唇の両端を上げて、楽しそうににんまりと笑う。玲旺は嫌悪を露わにし、こめかみに青筋を立てた。 「ホント、吸血鬼みたいで気味悪ィ」 「お褒めにあずかり光栄だわ」  余裕ありげな氷雨の態度が気に入らず、玲旺は無言のまま踵を返して店の外へ飛び出した。久我が詫びている声が後ろで聞こえたが、振り向くことなくそのまま駐車場へと向かう。  小さな社用車を見て、またコレに乗るのかとうんざりしながらドアを引いたが、びくともしなかった。 「あれ? 何で開かねーんだよ」  力任せに何度もドアノブを引いていると、背後で呆れたようなため息が聞こえた。

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