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*第5話* 爪先まで完璧なはずの武装が
「お前本当に何も知らないんだな。鍵が掛かってるんだから、開くわけがないだろう」
「鍵? へぇ、車ってドアに鍵掛かるんだ。じゃ、早く開けてよ」
「『早く開けてよ』じゃないだろ。何だ、さっきの態度は。どうしてもっと丁寧に人と接することが出来ないんだ」
静かだが強い非難を込めた言葉に、玲旺は一瞬目を伏せた。それでも理不尽だと思う気持ちが抑えられず、久我を睨み返す。「もしかして」と一つの可能性を思い浮かべてしまい、玲旺は震えを押さえるように自分の腕をさすった。
「あんなの我慢しろって言うのかよ。まさか、俺を生贄にして契約取るつもりだったんじゃねぇだろうな」
「そんなわけないだろ!」
久我の声がビルに反響してやたらと大きく聞こえた。
自分が利用されたのではないかと言う恐怖で、どんどん身体が冷えていく。
味方だと、弟みたいだと言ってくれたのに。
あんなに温かい手だったのに。
「見くびるなよ。そんな姑息な手段を使わなくたって、いつか必ず自分の力で契約を取ってみせる。氷雨さんはあんな風に言っていたが、優れたバイヤーなのは間違いないんだ。彼が『売れない』と判断したら、どんなに媚びたって店には置いて貰えない。だからこそ、彼に選ばれた商品には信頼性と価値がある」
玲旺の両肩に手を置き、ゆっくりと諭すように久我が続ける。
「あれは確かに氷雨さんが悪かった。機嫌なんか取らなくていいし、我慢だってしなくて良い。でも、だからと言って手を上げていい理由にはならないぞ。もっときちんとした抗議の仕方があるだろう?」
「だって」
そんなの、知らない。
言いかけて言葉を飲み込んだ。
こんなに真剣に叱られたことは初めてで、言い訳の仕方すらわからない。
今までどんな態度でいようと、玲旺に無関心な大人たちに咎められることなどなかった。例え多少の注意を受けたとしても、申し訳なさそうに目を伏せればそれで許される。
なのに久我の前では逃げ場なんてどこにもない。
「桐ケ谷。お前は、車のドアの開け方も知らない。シートも一人じゃ調整できない。そんなレベルだぞ。お前、何と戦ってるんだ? 何でそんなに怯えてるんだよ。もっと知識を身につけろ。正しい方法で自分の身を守れ」
涙が出そうだった。
自分の無知を指摘されるよりも、怯えていると気付かれてしまった事の方が恥ずかしくて仕方ない。つま先まで完璧なはずの武装が、ぽろぽろと崩れていく。
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