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現実は生々しい②
祈るような気持ちで呟くと、廊下で着信音が鳴っていることに気が付いた。音は徐々に近づき、部屋の前で止まると次の瞬間、扉がノックされる。
「すみません、遅くなりました」
扉に視線が集まる中、そこに姿を現したのは久我だった。余程急いで来たのか、髪は乱れ肩で息をしている。
「久我ッ」
玲旺は机に手をついて、体の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになるのをこらえた。久我が玲旺の背中を励ますように叩く。
「勝手な判断をせずによく耐えたな」
「何で、ここに?」
「藤井の留守電を聞いた。それより、商品はこれか?」
頷きながら玲旺が商品を差し出す。久我が刺繍や縫製を確認し、最後にファスナー部分を見て「ああ」と低く唸った。
「偽物です」
「そんな! もっとちゃんと調べてください」
業者が納得いかないように食って掛かると、久我は鞄から資料を取り出し、商品画像と手にしたスカートのファスナー部分を並べて示した。
「我が社の製品には全て、ファスナーの持ち手部分に四葉のクローバー模様が刻まれているんです。良く似せていますが、この商品の模様は本物と少し違います」
決定的な事実に業者は落胆し、職員は今後の事務的な手続きを淡々と説明し始める。
玲旺はこれで終わったのかと、糸の切れた人形のようにパイプ椅子にストンと腰を落とした。背中は冷や汗で湿っていたが、口の中はカラカラに乾いている。
ほっとしながら久我に目をやると、なにやら難しい顔で電話をしていた。
「ええ、他から輸入されたコピー商品が既に税関をすり抜けている可能性もあります。四葉入りファスナー単体での大口注文は断って頂けますか。ファスナーを本物に交換されたら、紛い品と見分けるのが益々困難になってしまう」
ぐったりして机に突っ伏していた玲旺は、そのやり取りを聞いて背筋を伸ばした。まだ終わってはいないのだ。久我はもう、コピー商品が更に精度を上げないよう先手を打っている。ファスナー会社に、フォーチュン特注のファスナーを他に販売しないよう根回ししていた。
「こちらからも、業界に注意喚起のアナウンスを流します。代理店にも情報を共有して頂くようお願いしますね」
税関職員の一人が「さすがだなぁ」と呟いたのを聞いて、誇らしい気持ちになった。それと同時に、なぜか焦燥感に駆られて苦しくもなった。経験も知識も遥に上回る久我への嫉妬からかと思ったが、それは少し違うような気がする。むしろ今では教えを乞いたいとさえ思っているのに。ならばこの急き立てられるような、焦がれるような想いは何なのだろう。
「俺たちは社に戻るぞ」
電話を終えた久我に言われ、玲旺は椅子から立ち上がった。
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