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*第7話* この世で一番怖い人

 駐車場へ向かう間ずっと、久我は一切口を開くことはなかった。空港の喧騒のお陰でお互い無言でも不自然ではない。以前の玲旺なら、会話が無いことなど気にも留めずにいただろう。      でも今は、自分の無責任さと無力さを自覚している。氷雨の件は今でも自分が悪かったと思わないが、「やり過ぎたかもしれない」くらいは考えられるようになっていた。    久我の機嫌が気になって仕方ない。また営業部からも追放されてしまうのだろうか。せっかく、もう少し久我の元で学びたいと思ったのに。  もっと久我の事が知りたい。  生まれて初めて許しを請いたいと思い、久我の広い背中を見つめながら言葉を選ぶ。何度か口を開きかけたが、拒絶されたらと思うと中々声が出せない。そうこうしているうちにあの小さな車に辿り着いてしまい、また置いて行かれたらどうしようと急に不安になった。 「あ、あのさ」  運転席に半分体を入れた久我が、動きを止めて玲旺を見る。助手席のドアの前で玲旺は意を決したように拳を握った。 「あの、さっきは悪かったって、ちょっと思ってる」  脳内で書いたもう少しまともな謝罪のシナリオは掻き消えて、実際声に出たのは拙いものだった。情けなくなって、ぎゅっと目を閉じる。  久我は心の底から呆れているに違いない。 「お前、ずっと難しい顔してたけど、もしかして謝るタイミング探してたの?」  こらえきれないと言うように、久我が吹き出した。予想外の反応に、玲旺は驚いて目を開ける。 「そうか、ちょっとは悪いって思ったか。なるほど、今日一日でかなりの進歩だな」  久我が運転席に乗り込んだのを見て、玲旺も慌てて助手席に乗る。久我は酷く疲れた様子で背もたれに体重を預けると、両手で顔を覆い、深く息を吐いた。  やっぱり呆れられているのだと、沈む様な気持ちで玲旺は自分のつま先に視線を落とす。 「お前さぁ、ホント……車のドアは開けられないくせに、タクシーは捕まえられるのな。びっくりした」 「え?」 「俺、置き去りにしたフリして、ちょっと行った先で待ってたんだよ。車停めてさ。しょぼくれてお前が歩いてくるだろうと思って。そうしたら、タクシー拾ってさっさと行っちゃうんだもんなぁ。本当に参った」 「え! 走り去ったんじゃなかったの?」  久我は思い出したようにククッと笑った後、大きな手のひらを玲旺の頭に乗せた。 「お前にしてみたら、置いてかれたと思って焦るよな。ごめん、俺もおとなげなかった」  子供をあやすように、玲旺の頭をポンポンと撫でる。やっぱり温かいと思いながら、玲旺は奥歯を噛みしめた。そうしないと、涙が零れてしまいそうだったから。 「……俺、また別の部署に異動させられる?」

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