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この世で一番怖い人②

「まさか。お前、見込みあるよ。あの場に一人で乗り込んだ度胸と、安易に鑑定しなかった冷静さは評価してやる」  玲旺の頭から手を引っ込める時、久我の指先が頬に一瞬触れた。  たったそれだけの事で、玲旺の鼓動は早くなる。顔が赤くなっていることを悟られないように、慌ててそっぽを向いた。  窓に映る自分を見て、何て顔をしてるんだと玲旺は戸惑う。  男性相手にときめくなんて、あり得ない。 「ちょっと寄り道して帰ろうか」  久我は車を走らせると、直ぐに首都高に乗った。夕暮れの空はパステルをぼかした様な、淡い水色とピンクの見事なグラデーションで、前を行く車のテールランプが鮮やかに灯る。    フロントガラスいっぱいに広がる湾岸の景色に玲旺は圧倒され、後部座席からでは決して見る事の出来ない眺望に感動すら覚えた。「綺麗だね」と、素直にそんな言葉が出る。 「この時間は夜景とはまた違った魅力があるよな。ほら、レインボーブリッジ」  ライトアップされて白く浮かび上がる主塔を見上げる。こんなにまじまじと眺めることなど無かったなと思いながら、運転席の久我に視線を移した。楽し気にハンドルを人差し指でトントン叩いているその横顔を、気付かれない様に見つめ続ける。  このまま大渋滞にでも巻き込まれたら良いのに。  帰らなくていい理由が欲しい。  願いと反してスムーズに流れる首都高に、玲旺はガッカリしながら小さく溜め息を吐いた。このままだと、三十分もしないで会社に着いてしまう。恨めしい気持ちで窓の外を睨んでいたら、『台場出口』の看板が示す矢印の方向へと車は進んで行った。 「え、お台場?」 「寄り道しようって言っただろ」  高速を降りると、久我は手元のボタンを操作して助手席側の窓を全開にした。 「うわっ」  一瞬で車内が潮の香りに包まれ、窓から流れ込んできた海風が玲旺の栗色の髪を巻き上げる。久我は深呼吸をすると、すまし顔で満足そうに頷いた。 「思ったより寒くないな、風が丁度いい。海って何かテンション上がるよなぁ」 「ちょ。自分の方の窓開けろよ。何で俺だけ」 「だって、こっちの窓開けたら風で俺の髪がボサボサになっちゃうじゃん」  悪戯が成功した子供のように、あははと久我が笑う。玲旺は抗議の意味を込めて思い切り口を尖らせた。 「さすがにまだ仕事が残ってるから、車停めて海を眺める時間はないけど。まぁ、海沿い走るだけでも気分転換にはなるだろ?」  寄り道も窓を開けたのも、自分への気遣いだと知って、驚くと同時に胸が震えた。 「おっ、自販機発見。ちょっと飲物買ってくるから待ってて」  海浜公園の近くで車を停めると、久我は玲旺を車に残したまま、あっという間に自動販売機で缶コーヒーを二本買って戻ってきた。

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