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この世で一番怖い人③
「ほら。熱いから気を付けろよ」
自分の分も買ってくれたのかと面食らいながら受け取ったが、予想以上の熱さに思わず手を離してしまい、小さな缶が玲旺の足元に転がった。
「だから言ったろう」
しょうがないなぁと、久我が運転席から身を乗り出して落ちた缶に手を伸ばす。急に距離が近づいて、玲旺はドキリとした。久我の息が玲旺の膝にかかりそうで身動きできず、無意識に呼吸まで止めてしまう。
久我は拾い上げた缶コーヒーを運転席のドリンクホルダーに納めると、落ちていない方の缶を「はい」と言って玲旺に差し出した。
「い、いいよ。そっちの落ちた方で。って言うか、何で俺の分まで買ってくれんの」
「いやいや。この状況で自分の分だけ買ってくるほど鬼上司じゃないよ。それより、こんな時は何て言うの?」
「……ありがと」
「良く出来ました」
風のせいで乱れた玲旺の髪を、久我が手櫛で整える。耳まで赤くなった玲旺は、先程より少し冷めて掴めるようになった缶コーヒーをじっと見つめたままでいた。
久我はもしやと気づいて「開け方わかる?」と缶を指さす。
玲旺はうなだれながら、恥ずかしそうに小さく首を振った。
「よく見て覚えとけよー。ここに爪をひっかけて、引き上げて……。ホラ、開いた」
ふわりと微かに珈琲が香る。恐る恐る口を付け、「苦っ」と玲旺は表情を歪めた。
「あ。ゴメン、甘いのが好きなんだっけ。お前、本当に『弟』って感じで可愛いなぁ」
久我は前を向き、ゆっくりとアクセルを踏む。
「可愛いとか言うなよ」
「いや、可愛いだろ。普段からそうしてたら良いのに。友達増えるぞ」
それは無理だと思いながら、玲旺は黙り込んだ。誰の前でも無防備でいられるほど強くない。
「桐ケ谷はサボテンみたいだな。何でそんなに人を寄せ付けようとしないんだ。わざと嫌われるように振舞ってるだろ?」
「……今まで損得抜きで仲良くなった友達なんて、いないから。嫌われ者の方が楽だし」
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