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この世で一番怖い人④
親しくなると、大抵二つのタイプに分かれた。玲旺を利用して甘い汁を吸おうとする者と、弱みを握って足を引っ張ろうとする者。
幼稚園から小学三年生まで、毎日遊んでいた親友がいた。趣味や好みが全く同じで、似た者同士よく気が合った。
ところがある日、その子が愚痴を漏らしているのを聞いてしまったのだ。
『桐ケ谷のお守りは疲れる。でも親父にコネを作っておけと言われてるし、仕方ないよな。本当は他の子とも遊びたいのに』
親友だと思っていたのは自分だけで、彼は玲旺の好みに合わせ機嫌を取り、友達の振りをしていただけだった。「わかる」と相槌を打ったのも、玲旺が友人だと思っていた子だ。あの時の、心底うんざりしたような彼らの声が忘れられない。現実に耐えきれず逃げるように留学したが、あちらはあちらで生き馬の目を抜く様な日々だった。利用されるのも、罠に落とされるのもまっぴらだ。
あんな惨めな気持ちは二度と味わいたくない。
「優しくされると怖くなる。また、裏切られるんじゃないかって」
言いながら矛盾しているなと玲旺は思った。
久我の前ではもうすっかり、高い壁も鎧も消えて無くなっている。こんな防御力ゼロの状態で裏切られたら、再起不能は目に見えているのに。それでも、どうしても側を離れる気にはなれなかった。
「俺は今、この世でアンタが一番怖い」
苦い珈琲をもう一口飲んだ後、缶を両手で握り締める。
「『暖かい場所しか知らないくせに』ってそう言う事か。……お前はずっと、寒い場所にいたんだな」
後半はまるで独り言のようだった。静かに呟いた後、玲旺に向かって腕を伸ばす。信号待ちの車の中で、玲旺はグイっと引き寄せられて久我の肩に頭を乗せた。いたわるように、久我が玲旺の髪を撫でる。
「改めて言うけど、俺の事は兄貴だと思えよ。友達でも親友でもない。兄貴だから、可愛い弟を裏切らない。利用したり、罠に掛けたりしない。約束するよ」
玲旺は何度も頷いた。
大きな目に涙をためたまま、泣いている事を悟られないように「ありがとう」と小声で告げる。
もう寒い場所には戻れないと思った。
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