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*第12話* 弟の仮面を被ろう

「氷雨さんの口紅が付いてる。これじゃ人前に出られないだろう」  明らかに不機嫌そうに、ハンカチでゴシゴシと玲旺の頬をこする。力任せに拭いたところで中々落ちず、久我は更に苛立ちを募らせた。 「お前、この間のこともあるんだから、隙を見せるなよ。簡単に近づかれるな。もっと警戒しろ」  何でそんなに腹を立てているのか不思議だったが、今は逆らわない方が良さそうだと判断して玲旺は大人しく従った。強く擦られてだんだんと頬がヒリヒリしてくる。 「あっ、久我さん、乾いたハンカチで拭いても駄目ですよ。私、メイク落としシート持ってるんで使ってください」  力技で何とかしようとする久我に驚きながら、鈴木がポーチからメイク落としを取り出した。オイルを含んだシートで何度か拭き取ると、口紅は綺麗に落ちていく。 「少し赤くなっちゃいましたね。もしオイルがしみるなら、水で洗い流してくださいね」  そう言い残して持ち場へ戻る鈴木の背中を見送った後、久我が申し訳なさそうに眉を寄せた。 「ごめん。……痛む?」 「大丈夫ですよ。このくらい」  実際痛みはなく、少し違和感があるくらいだった。それでも久我は酷く気にしながら玲旺の頬に手を添えて、いたわるように親指で軽くさする。その仕草はまるで、キスする寸前の恋人同士のようだ。 「ホントに、もう大丈夫ですから!」  見つめ合ったような状態に耐えきれず、玲旺が一歩足を引いた。 擦られて赤くなった所が解らなくなるくらい、赤面しているんじゃないだろうかと心配になる。突き放された久我は驚いた様に目を見開いた。玲旺に触れていたはずの手が、所在なさげに空中で止まっている。 「あ……。ごめん、こんな風に触れられたら嫌だよな」  力なく手を引っ込めた久我は、誤魔化すように笑って見せた。そのあとすぐに目を伏せて立ち去ろうとしたので、玲旺は思わず腕を掴んで引き止める。 「別に、嫌だったわけじゃねーよ」  誤解を解きたくて焦ったせいで、うっかり言葉遣いが戻ってしまい、玲旺はバツが悪くて目を泳がせた。久我はそれを咎めることはせず、小さく息を吐く。 「そっか。それなら良かった」  良かったと言いながらも、どこか寂しそうな表情が気になって、「どうかしたの?」と玲旺は(いぶか)しげに首をひねった。 「いや、どうもしない。ああ、でもそうだなぁ。俺と二人だけの時はその口調でもいいよ。敬語はちょっと距離を感じるし」 「二人だけの時?」  何だかその響きがたまらなく特別に感じられて、玲旺の鼓動が早くなる。嬉しさを悟られないよう口元に力を入れたせいで、久我の目には玲旺が顔を引きつらせたように見えたのかもしれない。久我が慌てて「ちがうちがう」と首を横に振った。

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