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◇第3章 付かず離れず◇ *第13話* 心はずっと大忙し
仕事、仕事、仕事。そうだ、仕事をしよう。
週明けの出社早々、玲旺は取り憑かれたように仕事に没頭した。
久我の営業アシスタントを任されている玲旺は、メールをチェックし、急ぎの案件や予定の変更がないことを確認した後、久我と伝達事項を共有する。久我が営業で出かけている間は、書類の山に囲まれて事務作業に追われた。
会議の資料作成に在庫の問い合わせ、発注作業。交通費の清算に、クライアント対応。その合間に郵便物の仕分け。目まぐるしく動いていれば、少しは気も紛れた。それに、どうせ弟でいなくてはならないのならば、「可愛い」よりも「頼れる」弟でいたい。
久我が求める理想の弟像は、恐らく庇護欲を掻き立てるような甘やかし甲斐のある存在だと解っていたが、そこは玲旺にも男のプライドがあった。
きちんと一人前になって、認められたい。
「あ、資料まとめておいてくれたのか。ありがとう、助かる」
入力作業に集中していると、頭上から久我の声が降ってきた。
「久我さん、おかえりなさい。先程札幌のショップから電話があって、ショーウィンドーの新レイアウト案、確認してほしいとの事でした」
「ああ、了解」
久我が玲旺の隣に座り、鞄から取り出したノートパソコンを開く。
フォーチュンの営業部は個人のデスクが決まっておらず、食堂の長テーブルのような大きなデスクがいくつも並んでいて、好きな場所で作業が出来た。とは言え、玲旺はいつも吉田や鈴木の側に座り、久我も玲旺の近くに来るので、顔触れは大体いつも同じだ。
「うー、肩が痛い。久我さん、私ももうすぐ出来上がるので、確認お願いします」
販促イベントの企画書を作成していた鈴木が、首を左右に振ってゴキゴキと骨を鳴らす。それから「あ、そうだ」と言って、コンビニの袋を漁りだした。
「甘いものが食べたくて、キューブのチョコいっぱい買ってきたんです。ハイお裾分け」
隣の吉田と目の前に座る久我にチョコを手渡したあと、斜め前に座る玲旺には手が届きそうもないと判断したらしく、鈴木がチョコを片手に構えた。
「桐ケ谷くん、いくよ!」
玲旺は「何が?」と思いつつ、鈴木が投げるようなモーションをしたので首を傾げながら見守る。鈴木の手から離れた小さなチョコが、放物線を描きながら玲旺の額に直撃した。
「いてっ」
「えっ、ごめんなさい! てっきり受け取ってくれるかと思って。大丈夫ですかっ」
鈴木が驚いて口元に手を当てた。吉田が笑いをこらえながら玲旺の額と机の上に落ちたチョコを見比べる。
「いやいや、今のは桐ケ谷くんがチョコをキャッチするべき場面かと」
そう言われて、玲旺は鈴木が投げる前に「いくよ」と声を掛けた理由に初めて気づいた。
「そっか、俺にパスしたんだ?」
「そ、そうです。あ、でも、食べ物を投げ渡される経験なんて、考えてみたら桐ケ谷くんには初めてのことかもしれないですね」
申し訳なさそうに縮こまる鈴木に、玲旺は慌てて首を振った。
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