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心はずっと大忙し②
「確かに初めてだけど、なんかコレ、気取らない仲間って感じでいいね。こういうお菓子も凄く新鮮」
玲旺が嬉しそうにチョコを手のひらに乗せたのを見て、鈴木と吉田が同時に立ち上がり身を乗り出した。
「桐ケ谷くん。前から思ってたんだけど、キミ、今まであんまり良い友達に巡り合えてなかった? 俺、明日から毎日桐ケ谷くんにおやつ買ってくるね。みんなで食べよう」
「桐ケ谷くん、コンビニ行ったことある? 今度お昼ご飯一緒に買いに行こうよ」
二人の顔があまりに真剣なので、玲旺は思わず噴き出した。
「うん。ありがとう、嬉しい」
チョコレートの包み紙を解いて、ゆっくりと口へ運ぶ。舌の上で溶けるチョコを楽しみながら美味しいと笑った玲旺を見て、鈴木も吉田も嬉しそうに笑みをこぼす。
本当に不思議だ。
ほんの数か月前だったら、こんな光景は考えられなかった。きっと二人に向かって「余計なことはするな」と怒鳴っていたに違いない。
久我に出会ってから、本気で叱られたり甘やかされたり、距離が縮んだと思ったら突き放されて、それでも側にいたくて必死で、ずっと心が大忙しだった。
ブンブン振り回されているうちに、棘も鎧もすっかり削ぎ落とされ、自分をぐるっと囲っていた壁もいつの間にか消えてしまったようだ。
物思いにふける玲旺の横から久我の大きな手のひらが伸びてきて、チョコが当たった額を「良かったね」と言いながらそっと撫でる。
玲旺は口をもぐもぐさせながら、久我にこくりと頷いた。
「やっぱり桐ケ谷は可愛いなぁ」
「可愛いなんて言っていられるのも今のうちですからね。バリバリ仕事こなして、直ぐに久我さんに追いつきますから!」
チョコを頬張りながら地団駄を踏む玲旺に、久我は目を細めた。
「それは楽しみだ」
玲旺の方を向いたまま頬杖をついて、クスッと笑う。
大人の余裕と色気を感じさせるような、優雅な久我の笑顔に心臓が小さく跳ねた。無意識に唇を見つめてしまい、慌てて目を逸らす。
パソコン画面に向き直り作業を再開させようとしたが、目の端に映る久我がまだこちらを見ているような気がした。視線を戻すと、やはり久我は玲旺を眺めたまま微笑んでいる。
「まだ何かご用ですか?」
平静を装って、あえて鷹揚 に尋ねた。そんな大人ぶった玲旺が可笑しかったのか、久我が小さく肩を揺らして笑う。
やっぱり陽だまりみたいだ。この人を独り占め出来たらどんなに良いか。
濃い茶色の髪から覗く形の良い耳。シャープな顎のライン。色香が漂う首筋。ワイシャツの下に隠された鎖骨も、きっと綺麗なんだろう。
触れてみたい。そんな事を考えていたら、知らぬ間に久我の頬に手を伸ばしていた。
予想外の行動に、久我は驚いた風に眉を上げた後、頬に触れる前に玲旺の手を掴んで止める。
「何? 俺の顔になんかついてる?」
「あ、いや……」
自分でも何をしてるんだと戸惑った玲旺は「睫毛がついてたから」と、しどろもどろに答えた。久我は薄く笑った後、「そう」とだけ言って、自分のノートパソコンに向き直る。
また拒まれた。
弟で構わないと納得したはずなのに、こんなことでいちいち傷つく自分が女々しくて嫌になる。
仕事をしよう。久我に追いつけるように、頼ってもらえるように、何よりも自分の為に。
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