39 / 110
父親からの電話②
「学校によっては不公平との声も上がりそうですが、桜華大付属高は「競争」をポジティブに受け止められると思います。むしろプラスに作用し、自分専用のベストを目指して切磋琢磨するのではないでしょうか。学校から優秀生への賞与とすれば、生徒の負担にもなりません」
「素敵! その案最高よ、桐ケ谷くん!」
緑川はカップに残っていた珈琲を一気に飲み干すと、勢いよく立ち上がり執務机に向かう。
「なんて桜華に相応しい案かしら。相談してみるものね。まさか、こんなに素晴らしいアイデアを思い付いてくれるなんて!」
玲旺の発言を元にベストについての草案をまとめているのか、緑川はパソコン画面に向かって一心不乱に文字を打ち込んでいく。
その様子を嬉しそうに見ながら、玲旺は飲み終わったカップをテーブルに置いた。
「お役に立てて何よりです。また何かあったらお申し付けください」
退室しようと一礼した玲旺を、緑川が慌てて呼び止める。
「あらやだ私ったら。夢中になると他が見えなくなるのよ、あなたをほったらかしにしてしまったわね。ごめんなさい、忙しいのに時間を取らせてしまって」
「とんでもない。珈琲ご馳走様でした」
玲旺が恐縮しながら頭を下げると、緑川は理事長室の扉まで見送りに出てくれた。
「それにしても、営業部にいる間にあなたに出会えてラッキーだったわ。幹部になってからでは、あなたの人柄まで解らないものね」
「営業部にいる間?」
言われたことが一瞬理解できず、玲旺は緑川の言葉を繰り返した。緑川はなぜ玲旺が問い返すのか、意外そうな顔で「だって」と答える。
「次期社長がずっと営業部にいるわけにもいかないでしょう? いずれ常務や専務になって、お父様の業務を支えるんでしょうから」
ああ、そうか。と納得した瞬間、久我に弟扱いして貰えるのも期限付きなのだと、そんな当たり前のことに気付いて血の気が引いた。
緑川に笑顔で「そうでしたね」と頷いた後、どうやって会社に戻ったか記憶がない。我に返ったのは、オフィスに向かう廊下の途中だった。休憩スペースから「桐ケ谷は」と、久我が誰かと雑談している声が聞え足を止める。
以前、総務部の教育係に陰口を叩かれたことを思い出してしまい、玲旺は無意識のうちに柱の陰にしゃがみ込んで隠れた。久我は人を悪く言うような男じゃない。頭で解っていても、長年染みついた自己防衛本能が邪魔をする。ただ、良くも悪くも久我の本音に興味が湧いて、耳を塞ぐことはしなかった。
「アイツ本当に、打てば響くんだ。凄い勢いで色んなこと吸収してさ、近くで見ていて鳥肌立つよ。センスもいいし、頭の回転も速い」
陰口ではない事に心の底から安堵した。それどころか予想以上に褒められて、玲旺の顔が熱くなる。
ともだちにシェアしよう!