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今日は飲もう③

「俺、桐ケ谷に結構飲ませたつもりなんだけど、あんまり変わらないね。酔っぱらってるとこ見たかったのに。だって絶対可愛いじゃん。あーあ。俺だけ酔ってて悔しいな」  子供が拗ねるように、わかりやすく口を尖らせる。吉田たちがいなくなって気が緩んでいるのかもしれない。 「水、もらう?」 「いらない。それより桐ケ谷に優しくされたい。だって最近素っ気ないからさぁ」 「そんなこと……」  ない。ときっぱり言い切れなくて、玲旺は口ごもる。ここ最近、もやもやしていて少し距離を開けていたのは事実だ。  それにしても、この人は酔うと絡むタイプなのだろうか。それとも酔った振りをして、何か試しているのだろうか。 「じゃあ、久我さんの家まで送ってやろうか? 俺、優しいから」 「やったー。じゃ、トイレ行ってくるから待ってて」    ふらふらした足取りで席を立つ久我に不安を覚えたが、付き添うのも可笑しな話だと思い、日本酒をちびちびと飲む。酔いは回っているが、心地いい。姉をこの店に連れてきたら驚くけど喜びそうだな、などと考えていると久我が戻ってきた。 「お待たせ。じゃ、出ようか?」 「あ、会計」  玲旺が懐に手を入れると久我が笑う。 「今、済ませてきた。ちなみにこの店、カード使えないからね?」  酔っていても気の回る久我に感心しながら、玲旺はふらつく体を支えてやった。路地を出ればすぐに大通りなので、タクシーを捕まえて久我を押し込む。  本当に送った方が良いのか迷った瞬間、久我が玲旺の手を強く引いた。後部座席に倒れ込むように玲旺が乗り込むと、久我が運転手に行き先を告げる。車はゆっくり走りだし、久我は玲旺の肩に頭を乗せた。 「着いたら起こして」  さっさと目を閉じてしまった久我に、玲旺は参ったなと心の中で愚痴をこぼす。久我に体を預けられている右半身だけが、やけに熱い。  気を逸らすために、窓の外の夜景に目を向けた。少し遠回りになるが、久我が降りたらこのタクシーに乗ったまま帰ろう。そんなことを考えながら、ほんの少しだけ久我に身を寄せる。今だけは、この距離を許して欲しい。  しばらくすると、タクシーは速度を落としてマンションの前で停止した。「着きましたよ」と運転手に告げられ、玲旺は久我を揺り起こす。 「久我さん、着いたって」  しなだれかかったまま一向に起きない久我に焦りながら、玲旺は体を揺さぶり続ける。ルームミラー越しに運転手の困ったような顔が見えて、玲旺は仕方なく久我と一緒にタクシーを降りた。 「久我さん、お願い。起きてよぉ!」  背の高い久我を引きずるように、玲旺はマンションに一歩ずつ進む。久我のポケットを探り、鍵を見つけてエントランスを解錠した。 「部屋、どこだよ」 「……五……〇、五」  途切れ途切れ、かすかに聞き取れて、玲旺は言われた部屋にようやくたどり着いた。玄関を開け、久我を廊下の床に転がせる。こんな重労働は金輪際勘弁してほしい。 「じゃあな。鍵、閉めておけよ」 「オマエ、こんな状態の俺を、よく置いて行けるな……」  這うような恰好の久我が、立ち去ろうとする玲旺に嘆く。 「知るかよ。後は自分で何とかして」 「じゃあ、水だけ……取ってきて」  やれやれとため息をつきながら、玲旺は久我の部屋に足を踏み入れた。部屋全体が久我の匂いに包まれていて、胸が締め付けられる。平常心を装って、冷蔵庫からボトルの水を取り出すと玄関に戻った。

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