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*第17話* 夢だったかもしれない

 こんなに憂鬱な月曜日は初めてだと思いながら、重い足取りで出社した。 鈴木が「金曜日の記憶が途中から曖昧で」と額に手を当てる。「気を付けなよ」と吉田が呆れたように肩をすくめてから玲旺に話題を振った。 「桐ケ谷くん達は、あの後遅くまでいたの?」 「ううん。久我さん潰れる寸前だったから、すぐ帰ったよ」 「えっ。久我さんが潰れそうなほど酔うなんて珍しいね。よっぽど機嫌が良かったのかな。それとも飲まずにいられない程嫌なことでもあったのか……」  おそらく後者だろうなと思いながら、玲旺は「どうだろうねぇ」と、とぼけてみせる。今日提出予定の書類を確認していたら、「おはよう」といつも通り爽やかに久我が現れた。鈴木が申し訳なさそうに手を合わせる。 「久我さん、金曜日はご馳走様でした。すみません、私、あんまり覚えてなくて」 「あはは。吉田にもお礼言っておきなよ? 桐ケ谷も……悪かったな」  ほんの一瞬だけ表情が曇ったような気がしたが、すぐに普段と変わらない笑顔に戻る。玲旺も無理やり口角を上げて笑顔を返した。 「いえいえ。二日酔いは大丈夫でした?」  互いに微笑み合う二人の間に、あんな情事があったことなど誰にも想像出来ないだろう。   玲旺だって未だに「夢だったかもしれない」と疑いたくなる。気まずさに居たたまれず玲旺は席を離れ、外回りの予定表にスケジュールを書き込んだ。ホワイトボード用のマーカーがキュッキュと音を立てる。  結局、久我はどうしたかったのだろう。兄弟ごっこはまだ続けるのだろうか。あの夜の出来事をなかった事にしたくないのにと、玲旺は深くため息を吐く。  振り返ると、ファイルを片手に電話をしている久我が視界に入った。あの指が、あの舌が、自分の体を這ったと思うと腰の辺りがじわっと熱を帯びる。暗い廊下に響いた艶めかしい息遣いを思い出してしまい、掻き消すように慌てて首を振った。  こんな風に甘く切なく途方に暮れるなんて、まるで初恋みたいで居心地が悪い。  数日の間、いつも通りの穏やかな日常が続いた。ただ、「穏やか」なのは傍目から見た印象であって、玲旺の心が凪いていたわけではない。表面上、笑顔で取り繕って無難に過ごしていただけだ。  いつもと変わらぬ久我の態度に、だんだんイライラしてくる。あんなことをしておいて、今の状態はいくら何でも宙ぶらりん過ぎやしないか。そりゃあ「次会う時は、可愛い弟の顔で接してやるよ」とは言ったが、それは全て忘れてやると言う意味ではない。  この状況を打破するために、こちらから仕掛けても許されるんじゃないか。いや、むしろ当然の反撃だろう。そんな感情が鎌首を持ち上げたのは、見合いの前日だった。

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