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夢だったかもしれない②

 営業車に乗るため地下駐車場に向かう久我を見つけて後を追い、閉まりかけたエレベーターに滑り込む。 「あれ、桐ケ谷も外回り?」 「はい。表参道店でレイアウトの打ち合わせに。店で外回り中の吉田さんと合流します」  フォーチュンは百貨店やセレクトショップに品を卸す他に、自社ショップも有している。店舗の主力商品やレイアウトを決めるのも営業の大切な仕事で、今日は吉田のアシスタントとしてそれらを学ぶ予定だった。  混み合うエレベーターで、玲旺は久我の体にピタッとくっつく。得意先に納品する大きな箱を抱えている久我が、玲旺をチラリと見た。  一瞬だけ目が合ったが直ぐに逸らされてしまい、何かしらのリアクションを期待していた玲旺は心の中で舌打をする。  やがてエレベーターが一階に到着すると、二人を残して全員が降りて行った。車の運転をしない玲旺が一階で降りないことに、久我は「おや?」と(いぶか)しんだようだったが、玲旺はそのまま駐車場まで涼しい顔でついて行く。いつもの営業車に近づき後方に回ると、久我はリヤハッチを開けて荷物を積み込んだ。それからゆっくりと玲旺の方に向き直り、問いかける。 「何? 人の後つけてきて」 「人聞き悪いな。久我さん新宿店行くんでしょ? ついでに乗せてよ」  久我は少しの間逡巡した後「いいよ」と言って車に乗り込んだ。久我は落ち着かない様子でそわそわとシートベルトを締め、意を決したように口を開く。 「お前に心当たりがなかったら聞き流してくれて構わないけど、とにかく謝っておくな。本当に悪かったと思ってる。ごめん」 「残念ながら、心当たりめちゃめちゃあるんだよね。先週の金曜のことでしょ? 何であんなことしたの」 「……やっぱりあれは夢じゃなかったんだ」  力が抜けたように、久我がハンドルに顔を埋める。助手席で玲旺は驚きながら目をしばたたかせた。 「夢だと思ってたの?」 「いや、さすがにそんな訳ないって解ってるよ。けど、あんまりお前が普段通りだから、もしかしたらって。かなり酔ってたし」  大きく息を吸って、気持ちを切り替えるようにエンジンをかける。「ごめんな」と低い声で告げたきり、久我は口を閉ざしてしまった。  動き出した車は暗い駐車場から青空の下に出たが、気分は少しも晴れない。玲旺は質問の答えを得られず不満げに久我を横目で見る。 「俺、久我さんに聞きたい事いっぱいあるんだけど」 「悪い。多分、一つも答えられない」  苦し気な久我の表情は何か事情がありそうで、これ以上問い詰めない方が良いのかと玲旺は少し躊躇った。その一方で、自分の気持ちが(ないがし)ろにされている気がして悲しくなる。流れる景色を眺めていたら、思わず不安が口をついて出た。 「後悔してるの? なかったことにしたい?」

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