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時間を戻してあげようか③

 会議室で二人きりになった途端、藤井は無表情のまま久我に詰め寄る。一歩後退した久我の背中には壁があり、これ以上後に引けない。 「さて、(かなめ)。ここに来た理由はわかってるよな? 申し開きがあるなら聞くぞ」  その口ぶりから、やはり週末の出来事をある程度把握しているんだろうと確信した。藤井は微かに口元に笑みを浮かべながら、久我の返答を待っている。 「お前がどこまで知っているかわからんが、多分大体合ってるよ。今更申し開きなどない」 「そうか」  ククッと藤井は喉を鳴らし、視線を逸らさないまま久我との距離を更に縮めた。 「俺がずっと大事に見守ってきた花を散らしたのか」  非難めいてはいたが、不思議と怒りの色は滲んでいない。久我は苦し気に眉を寄せ、足元に視線を落とす。 「真一が桐ケ谷を狂信的なほど慕っていたのは知ってたよ。まだ桐ケ谷が高校生の頃から散々お前に話を聞かされてきたからな。だから多少の罪悪感はある。でもお前、桐ケ谷は恋愛対象ではないと言っていただろう」  秘書課に配属されて直ぐ、玲旺と年が一番近いという理由で藤井は社長からよく相談を受けていた。  幼少期に殆ど構ってやれず、未だにどう接して良いのか解らないと言う社長に「そんなにご子息が心配ならば、私にお任せください」と、玲旺のお守りを買って出たのは藤井自身だ。  留学中の孤独な玲旺の我儘に振り回され、最初こそ藤井は愚痴ばかりだったが、そのうち嬉々として暴君に仕えるようになった。 「あれが欲しい」「これを探し出してロンドンへ送れ」「このチケットを絶対に取れ」、どれも入手困難な物ばかりで、話を聞きながら久我は「かぐや姫みたいだな」と思ったものだ。  だからある時、冷やかし半分で尋ねてみた。「いつ愛を告げるんだ」と。答えは「彼は恋愛対象ではない」だった。その考えは今も変わっていないようで、久我の言葉に藤井は頷く。 「その通りだ。俺にとって玲旺様は愛でる対象ではあるが、独占したいなどと言う烏滸がましい気持ちは微塵もない。だから本音を言えば、お前が玲旺様とどうなっても構わない。むしろ、どこの馬の骨だか知れない奴より、お前で良かったと思うくらいだ」  予想外の発言に、久我は拍子抜けしたような顔をした。そんな久我を制するように、藤井は低い声で「ただし」と付け加える。 「時期が悪すぎる。桜華大の件で玲旺様は注目を浴びた。取材の申し込みもかなり来ている。あの美貌だ、世間が放っておかないだろう」  言われて久我は唇を噛んだ。  スカートを優雅に着こなし、会場に颯爽と現れた玲旺は、その場にいた者たちの記憶に鮮烈に残った。その後の紅林とのやり取りや桜華大の制服受注も含め、得意先から玲旺の話を聞かれたことが何度もある。

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