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深海③

 ところが何日経っても玲旺のいない環境に慣れるどころか、むしろ日を追うごとに禁断症状は悪化していった。商業施設の担当者から「来週末にテナントの場所が決まる」と言う電話を受けながらもどこか上の空で、つい玲旺の事を考えてしまう。 「来週末ですね、わかりました。エスカレーター前のあの好立地、うちが取れそうですかね?」 『いやあ……。正式発表前に洩らせませんよぉ』  何となくおかしな間があったのだが、違和感を気のせいで片付けてしまった。 「そうですね。じゃあ、来週楽しみにしてます」  念を押すように軽めのプレッシャーをかけると、担当者は「ははっ」と笑って電話を切った。恐らくいつもの久我なら、気のせい程度でもすぐに直接担当者に会いに行ったに違いない。  次の週末、管理会社の事務所で結果を知らされた久我は愕然とした。希望していた区画どころか、フロアの奥まった人があまり来なそうな場所を割り当てられていたのだ。それだけでも重い負担となるのに、あの好立地を手に入れたのは、よりによってジョリーだった。 「結果は承知しました。では、このお話は白紙に戻していただけますか。フォーチュンはこちらでの出店を取りやめます」 「えっ!」  担当者が顔色を変える。  これで配置をジョリーと代えてくれればそれで良いし、このままこちらの希望が通らないなら本当に撤退して構わない。 「フォーチュンさんの実力を鑑みた結果なんです。あの場所でも、御社なら集客力はありますし……売り上げは見込めますでしょう?」  冗談じゃないと久我は憤る。  他の店だとあの悪条件では長続きしないから、フォーチュンの企業努力で何とかしろとババを引かされたのだ。  商業施設への出店は、通常よりも金がかかる。それなのになぜ店を出すのかと言えば、それ自体が実績となり宣伝になるからだ。無名のアパレルなら出店できただけでもチャンスと捉えるかもしれないが、今の条件ではフォーチュンにはまるでメリットが無い。  どうしたってジョリーと場所を比較され、奥に追いやられたという悪印象を持たれてしまう。  結果は覆らないと判断した久我が、溜め息とともに決別を告げる。 「残念ですが、今回は縁がなかったという事で」 「ほ、本当に白紙にしちゃうんですかぁ? 勿体ない」  担当者は狼狽えていたが注目度の高い施設なので、代わりは探せば幾らでもあると考えたのだろう。それ以上引き留める事はしなかった。  契約せずにそのまま事務所を出て、駐車場へ向かう。胃がムカムカして吐きそうなのに、前から来る人物を見て本格的に気分が悪くなった。スマホ画面に目を落とし、気付かないフリをしたまま通り過ぎる。 「おいおい、久我さん。無視すんなよ」  ガサガサした下品な声に名を呼ばれ、仕方なく立ち止まった。舌打ちしなかっただけ上出来だろう。

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