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深海⑤
「……これをミスと呼ばなくて済むように、別のやり方で挽回してみせます」
『そうか。期待しているよ』
いっそ罵ってくれ、罰を与えられた方が楽だと、片手で目を覆った。そんな甘えは許されないと理解している。自分の立場上、この企画以上のもので失地回復を目指さねばならない。「はい」と答えて電話を切った。
本当にどうかしている。ただ、玲旺がいないだけで。
しばらく動けずにハンドルに顔を埋めてジッとしていたが、助手席に放り投げたスマホが鳴りだしてそちらに目を向けた。
「桐ケ谷……?」
慌てて取った電話の向こうから、『もしもし?』と玲旺の声がする。
『あ、久我さん? 今外回り中なんでしょ。俺、今桜華大にいるんだけど、迎えに来てよ』
いつもと変わらない生意気な話し方で、なんだか気が抜けた。
「お前、いつ日本に戻ったんだよ。って言うか、確かに桜華大は帰りに寄れるけど、そこまで三十分かかるぞ。電車で戻った方が早いんじゃないか?」
『挨拶は今から。久我さんがこっちに着く頃に丁度終わるよ。また電話する』
言いたいことだけ言うと、あっという間に電話は切れた。久しぶりに聞いた玲旺の声に指先が震える。あんなに重かった体が嘘のように簡単に動き出し、気付くと車を走らせていた。
顔を見るのはあの夜以来だ。僅かに緊張している自分に気付く。何でこんな情けない失敗をした日にと思いながらも、やっと会えるという気持ちが強かった。
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