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せめてもの餞④
玲旺から発せられる強烈なエネルギーは、閃光となって久我の胸を貫いた。心臓で凝り固まった血液が、ゆっくり流れ出すのを感じる。
「俺だって、将来どうなるかわかんなくて怖いよ。久我さんが俺より好きな人が出来たって言ったら、多分発狂するよ。でも、だからって今、久我さんを諦める気にはなれないんだよ」
ありったけの気持ちをぶつけられて圧倒される。ずっと躊躇って押せなかったスイッチを、フルスイングで叩き壊された気分だった。
この光に触れていたい。手放したくない。
でもだからこそ、今受け入れるわけにはいかない。
「桐ケ谷……お前、ホント凄いな。なんか、目が覚めた。もうお前が若いからって理由で拒んだりしない。だけど……」
玲旺の肩を押し戻しながら、久我は慈しむように目を細めた。この華奢な両肩に、いずれ想像もつかないほどの重責がのしかかる。彼は今それに耐えるための準備をしている。
だったら自分も、その重さを支える力を手に入れたい。
「今日、俺は一大プロジェクトを潰してしまったんだ。企画段階だから被害はないけど、それでも迷惑をかけた人はいる。こんな状態で放り出して逃げたくないよ。今のままでお前の隣にいるのは、俺自身が許せない」
声が出ず「なんで」と唇だけが動いた後、玲旺の表情がみるみる悲愴感で歪んでいった。
嗚咽を止められずに両手で顔を覆うと、その指の隙間から涙がぼろぼろ零れていく。
一言。
たった一言「待っていてくれ」と伝えれば、玲旺の涙を止めることが出来る。心細そうに震える肩を今すぐに抱き寄せて、髪を撫でてやることが出来る。だけどその一言は、玲旺を縛り付け、久我自身を甘やかす。
玲旺のすすり泣く声を聞きながら、久我は耐えるようにきつく唇を噛んで言葉を飲み込んだ。沈黙の続く車内で、玲旺は懸命に呼吸を整え涙を止めようとしている。濡れた手を顔から離し「わかった」と低い声で答えた。
「俺からは二度と会わない。俺に相応しいと納得出来たら、そっちから会いに来い」
真っ赤な目で見上げる玲旺が、愛おしくて仕方なかった。繊麗 な体で痛みに耐えながらも覚悟を決めたその姿を目に焼き付ける。あまりに痛々しくて、せめてもの餞 に玲旺の涙を拭いながら久我は告げた。
「いつでもお前の味方だから」
折角泣き止んだ玲旺の口がへの字に曲がる。
「元気でな」
久我の言葉に、スーツの袖で乱暴に目元を拭いながら玲旺は頷いた。それから大きく息を吸い、そのままの勢いでドアを開ける。
「久我さんも、元気で」
ドアが閉まり、玲旺の足音が遠ざかっていく。
二度と会えないかもしれない。
約束はしなかった。
追いかけてしまわないように、両腕で自分自身を抱きしめるように押さえつけながら、運転席で身を縮める。知らぬ間に息を止めていたようで、苦しくて咳き込んだ。
今の自分に出来る事は、つないだ手を離すことだった。
何が正しいかなんて、誰が決めるんだろう。
スマホを手に取り氷雨の店に電話を掛ける。
前に進むために離れることを決めたのだ。膝を抱えてうずくまっている暇はない。
「お世話になっております、フォーチュンの久我です。氷雨さんいらっしゃいますか。ええ、大至急。……とても重要な話があるとお伝えください」
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