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◇第6章 「行ってきます」の代わりに◇ *第24話* 傷に沁みるほどの快晴

 学生時代から気に入って使っているキャスター付きのスーツケースに、玲旺は丸めた服を詰め込んだ。上手く入らずに、もう三回も入れたり出したりを繰り返している。 「玲旺様、やはりいつも通り私が荷造りをいたしましょうか」 「いい。これからは自分のことは自分でする」  藤井の申し出を断ると、玲旺は荷物を全部取り出しまた初めからやり直した。  玲旺の自宅に手伝いに来ていた藤井は、やれやれと首をすくめる。いつもなら玲旺は自室のベッドの上で胡坐をかいて、持って行きたいものを藤井に指でさして告げるだけだった。 「玲旺様。お心がけは大変立派ですが、最初から何もかもご自分でなさると、早々にくたびれてしまいますよ。荷物を詰めるのにはコツが要るのです。私が教えて差し上げますから、初めは一緒にやりましょう」  藤井は不器用に丸められた服を広げ、綺麗に小さく畳んでみせた。玲旺はしゅんとなりながらも、藤井に教わった通りに畳み直す。 「既に向こうに荷物を送ってありますので、ここに入れるのは最低限の身の回りの物だけで大丈夫ですよ。足りないものは現地でも調達できますし……どうしてもそれは持って行きますか?」  最後に玲旺が手にしたシャツを見て、藤井は困ったように眉間に皺を寄せた。借りたままの久我のシャツを抱えて玲旺が頷く。 「これは慰謝料代りに貰ってくんだ。久我さんになんて返してやらない」  また涙ぐむ玲旺に、藤井は額に手を当てた。  自分からは二度と会わないと告げたのは、おとといの出来事だ。車を降りた後、玲旺は心のどこかで「追いかけてきてくれ」と願っていた。  暗い駐車場には玲旺だけの足音がよく響いて、だから振り返らなくても、久我は追ってきてくれないと解ってしまった。  玲旺は鼻をすすりながら、久我のシャツを丁寧に畳んでスーツケースにしまう。 「玲旺様。買い忘れたものなどありませんか? 明日出発したら、しばらく日本には戻れませんよ。気分転換もかねて出かけませんか」  気落ちする玲旺を励ますように、藤井は車の鍵を取り出しながら声を掛けた。玲旺は立ち上がった藤井を見上げて首を振る。 「お前、折角の休みなのに、一日俺の面倒見て潰しちゃ勿体ないだろ。ってか、ちゃんと休日手当とか貰ってる?」 「何をおっしゃるのです、私が来たくて来ているのに。これ以上有意義な時間の過ごし方はありませんよ?」  気を使ってくれているのか本気なのか、相変わらず藤井の表情は読み取れない。 「あーうん。そうだね、じゃあ出かけようかな。でも藤井は帰って良いよ。一人でブラブラしたいから。その代わり明日は空港までよろしくね」 「ですが……」 「へーき! 今日はありがと」  藤井を心配させまいと思い切り笑顔を作ったが、それすら痛々しく見えたのかもしれない。藤井は表情を曇らせながら、出かける玲旺を見送ってくれた。

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