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傷に沁みるほどの快晴④

 俯いた玲旺の耳元で、畳みかけるように囁く。 「キミが過ごす日本で最後の夜を、僕の思い出に頂戴よ。たったの一晩だよ? それで久我クンが助かるんだよ?」  悪魔が実在するなら、きっとこんな姿をしているんだろうと思った。どう考えてもおかしい交渉なのに、優しい声と眼差しに、つい縋り付きそうになる。 「これで僕が久我クンを見放したら、彼、もう会社にいられないかもしれないね」  追い打ちをかけるような言葉に、玲旺の鼓動が早くなった。今の自分と久我を繋ぐのは会社という細い糸だけなのに、それすら失うなんてと青ざめる。 「僕の家、すぐそこなの。ね、今からおいで」  氷雨の吐息が耳を擽った。玲旺は血の気の引いた顔を上げ、氷雨に視線を戻す。頬杖をついたままこちらを見てニッコリと笑っていた。  前髪の隙間から覗いている左目が、誘うように潤んでいる。いつも人形みたいで血が通っていない印象だったが、化粧もコンタクトもない状態は、生身の人間らしさがあって余計に凄みが増していた。  今から氷雨の家に行って大人しく抱かれれば、力を貸してもらえる。久我の企画を成功させることが出来る。  唾を飲み込んだ玲旺の喉仏が上下した。 「行かない」  ちいさな声だがきっぱりと玲旺は言い切った。氷雨は軽く目を開いて首を傾げる。 「へぇ。久我クン助けなくていいの?」 「こんな形で手を貸したら、それこそ二度と久我さんに会えなくなる気がする。久我さんの顔を真っ直ぐ見れなくなるのは、嫌だ」  玲旺の返答を聞いた氷雨は「そっかぁ」と子供みたいにケラケラ笑った。 「ごめんね、嘘だよ。もう久我クンには企画に乗るって返事してある。今は円満にお店を辞める根回し中ってトコ。安心して」  あっさり白状した氷雨に、玲旺は心底憤慨して睨みつける。少し前の玲旺だったら殴り掛かっていたかもしれない。 「からかったのかよ。最低だな」  本気で腹を立てている玲旺に、もう一度「ごめん」と小さく呟いてから、氷雨は切なそうに眉を寄せた。 「でも、途中から本気で口説いてた。だってキミは宝物みたいな男の子だから、一度でいいからこの腕の中に抱いてみたかったんだよ。嘘を吐いてでもね」  その声があまりにも寂しそうで、玲旺はそれ以上怒る気になれずに頭を掻いた。ぶすっと口を尖らせて頬杖をつき、通りを眺める。 「……久我さんの事、助けてくれてありがとう」  視線は前に向けたまま、独り言のように呟いた。まさか礼を言われると思っていなかった氷雨は、驚いて少し身を引いた。

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