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絶賛修行中③

 その機会は、思いの外早く訪れた。大晦日に同僚と共にノアに連れられ辿り着いたのは、あの地下にあるカフェだった。 「レオ、ここに良く来るの?」 「うん。俺のお気に入り。ノアも?」 「ここのオーナーの息子と俺が同級生でさ。毎年呼んでくれるんだ。ホームパーティーみたいなもんだから、気楽に楽しんでね」  テーブルには既に料理が並んでいて、先客たちは立食のビュッフェスタイルで食事を楽しんでいる。しばらく飲みながらフィンと談笑していると、ポンと肩を叩かれた。振り返るとそこには、あの黒髪の青年がシャンパングラスを片手に立っている。 「驚いた。キミが来てるなんて」  青年はいつものコックシャツではなく、黒いセーターにジャケットを羽織っていて、少しだけ表情が柔らかく見えた。玲旺も知った顔に声を掛けられ、嬉しくなる。 「あ! こんばんは。今日は仕事休みなの?」 「いや。料理作り終わったから、こっちに参加して良いって。適当に食ったら帰るつもりだった」  二人が日本語で会話をしていることに興味を持ったフィンが、「レオの知り合い?」と尋ねた。 「うん。このカフェのスタッフだよ。えーと」 「月島です。月島眞(つきしままこと)」  言いながら、月島がフィンに右手を差し出す。その手を笑顔で握り返したフィンが、カフェの料理を褒めた。 「ここのシェパーズパイは絶品だよね」 「ありがとう。ラム肉のハーブ焼きも食べてみて。自信作だから」  てっきり人見知りなのかと思ったが、フィンと自然に会話をする月島を見るとそうでもないようだ。あのぶっきらぼうな接客は忙しさのせいだけなのか疑問に思いながら、玲旺は月島の横顔を眺める。 「俺、料理取ってこようかな。じゃあまた後でね」  そう言ってフィンが立ち去ると、途端に月島は無口になった。玲旺は沈黙に困惑しながらも、酔いの回った頭を働かせて話題を探す。 「月島さんって、大学生?」 「いや、違う」 「じゃあ、シェフが本職?」 「うん」  広がらない会話に、玲旺は白旗を揚げたくなった。もうここを離れてデザートでも取りに行こうか考えながら、玲旺は他のテーブルに視線を移す。「じゃあ」と言いかけた玲旺の声を遮って、被せるように月島が口を開いた。 「名前……レオって言うんだ?」 「え? ああ、うん」  急に話を振られ、慌てて意識をデザートから月島に戻す。 「レオこそ大学生かと思ってた。さっき一緒にいた人は友達? 社会人ぽかったけど」 「あー……。うん、同僚。俺、ここの近くの百貨店で働いてるんだ。グレースって店、知ってる?」 「知ってるも何も、有名店じゃないか。レオっていつもお洒落で垢抜けてるとは思ってたけど、やっぱり凄い人なんだね」  急に饒舌になった月島に、玲旺は警戒心を抱きながら片眉を上げた。 「月島さんって、距離感ムズい。俺と話したいのか話したくないのか、わかんない」  一瞬呆気にとられたような表情をした後、月島はククッと喉を鳴らした。 「キミ、大人しそうだと思ったけど、案外気が強いんだね。ごめん、緊張してるんだ。あと、少し酔ってるのかも」  俯きながら話す月島の声が、少しだけうわずったような気がした。真意を探る玲旺と、急に顔を上げた月島の視線がぶつかる。

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