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禁断症状②

「会いたくても会えない人がいるんだ? その人の為にロンドンに来たの?」  月島は、俯く玲旺の顔を覗き込むようにして尋ねた。いつの間にか呼吸が浅くなり、玲旺から絞り出された声は掠れる。 「ううん、違う。自分のため。自分の足で立てるように。ああ、でも……もう分かんなくなっちゃった。そうやって言い訳して、逃げて来たのかも、しれない」 「レオ、酔った? 一回深呼吸してみ。ちゃんと息吸って」  今にも座り込んでしまいそうな玲旺を、月島が支える。 「ごめん。初対面みたいなもんなのに、こんな醜態晒すなんて」 「いいって。たまには吐き出さないと。溜め込んでるから、こんな風に感情のコントロール効かなくなるんだ。今年最後に、言いたいこと言ってみたら? 楽になるかもよ」  もうすぐ日付が変わるらしく、店内では声を揃えてカウントダウンが始まった。この喧騒のどさくさに紛れて願い事を口にするくらい、許されるような気がして玲旺はこっそり呟く。 「……久我さんに会いたい」  声に出して名前を呼んだら、もう駄目だった。我慢していた涙が頬を伝う。月島はなぜか傷付いたような表情を一瞬見せた後、唇を噛みしめて玲旺を自分の腕の中へ引き寄せた。  丁度零時を迎え、新年を祝う声と共にシャンパンの栓が勢いよく抜ける音が店内に響く。 「今のうちに涙拭いときなよ。見られたくないでしょ」  どうやら泣き顔を見られないように庇ってくれたらしい。幸い周囲はお祝いムードに包まれ、そこら中でハグとキスが飛び交っているので抱き締められるような格好でも違和感はなかった。 「うん。ありがとう、月島さん」 「(まこと)でいいよ」  玲旺は頷きながら涙を拭い「もう大丈夫」と月島から体を離した。 「俺で良ければだけど、悩みあるなら聞くし。愚痴でも何でもさ、こんなになるまで我慢すんなよ」 「うん、でももう平気。それより、俺も眞の悩み聞いてやるよ」  月島は笑いをこらえながら、玲旺の頭に手を伸ばす。 「赤い目してよく言うよ」  言いながら、ぐしゃぐしゃと玲旺の髪をかき混ぜた。 「今年もよろしくね。レオ」 「こちらこそ」  玲旺は乱された髪を撫でながら、バツが悪そうに下を向いた。冷静になると、新年早々泣いてしまったことが恥ずかしい。まともに会話したのは初めてなのに、誰にも言ったことのない弱音を月島にぶつけてしまった。 「ええと、その。久我っていうのは、恋人?」  恋人と呼べたら、どんなに良かったか。どうやら報われない恋は、想像以上に神経を摩耗させ心を衰弱させるらしい。月島の問いに、素直に答えてしまう程に。 「ううん。片想い」 「ご、ごめん。また泣かせるつもりはない」 「泣いてねぇよ」  じわっと滲んだ涙を押さえながら、玲旺が月島を睨んだ。 「ごめんってば。あ、お詫びと言ってはなんだけど、今度俺の料理試食してくんない?」 「試食? いいよ、喜んで。でも何で俺? 試食なら料理人(プロ)の方がよくない?」 「むしろレオの方が好都合。俺、日本でイギリス料理の店出したいからさ。日本人好みの味を研究してるんだよね」  納得しながら玲旺が頷いた。

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