93 / 110

ノスタルジア②

 外に出ると、重たい雲のせいで空は灰色だった。十二月のロンドンは、暗くて寒い。  その反面、通りを彩るクリスマス用の飾りは見事なもので、まだ夕方と呼ぶには早い時間だったが、既に点灯したイルミネーションは寒さを忘れるほど華やかだった。 「あー楽しい。やっぱり買い物っていいわね。ストレスが一瞬で吹っ飛ぶわ」 「氷雨さんに満足してもらえて良かった。商品は日本に送っておくね。この後どうする? 見たい所があるなら案内するけど」  そう問われた氷雨は、考え込むようなポーズを取って街並みに視線を巡らせた。 「観光よりも、キミとゆっくり話しがしたいな。前に日本人の友達が出来たって言ってたじゃない? その子のいるカフェでお茶でもしようよ」 「うん、いいよ。ここからすぐ近くだし」  さほど歩かないうちに、カフェ『Nostalgia(ノスタルジア)』の看板が見えてくる。地下へ続く階段を降りて店内に入ると、カウンターの中から月島に声を掛けられた。 「レオ、いらっしゃい。珍しいね、こんな早い時間に……って、あ。こんにちは」  氷雨の存在に気付き、弾ませた声を引っ込めた月島が、緊張気味に会釈する。氷雨は笑顔を返しながらも、どこか鑑定士のような鋭い目つきで月島を無遠慮に見つめた。 「ちょっと、氷雨さん」  玲旺は氷雨の袖を引いて、空いてる席へと移動する。 「見過ぎだよ。失礼でしょ」 「えー。だって、どんなヤツか見定めたくなるじゃない? 僕の大事な桐ケ谷クンに変な虫が付いたら困るし」  テーブルを挟んで向かい合うように座った氷雨は、両手で頬杖をつきニコニコ笑った。 「変な虫って、そんなんじゃないよ。同志だよ、同志。お互い異国の地で修行中の身だから、頑張ってる姿見ると励まされるんだよ」 「そう? まぁとにかく、キミが元気そうでよかった」  ホッとしたように目を伏せ、静かにほほ笑む。  注文を取りに来た店員にオーダーを告げたあと、久我が撤退を判断した商業施設のその後を氷雨は教えてくれた。  今年の五月、臨海地区に華々しくオープンした商業施設で一等地を獲得したジョリーは、半年も経たずに閉店したらしい。良い場所に出店さえすれば売り上げは勝手に伸びると楽観視して、策を怠ったのだ。ただ値段が安いと言うだけで、売り場にコンセプトもテーマもないジョリーの店舗は、あっという間に閑古鳥が鳴いた。  早々に目立つ場所でシャッターを閉められてしまい、困った施設はフォーチュンに泣きつくように、改めて出店依頼を申し出たそうだ。 「笑っちゃうでしょ? どう思う?」 「そんなケチの付いた場所、断ればいい。逃がした魚は大きかったと思わせてやれ。……いや、でもこの際、うんと高く恩を売るのも悪くないな」  そろばんを弾く商人みたいな顔をして玲旺が答えると、氷雨が手を叩いて笑った。 「久我クンも同じこと言ってたわ」 「久我さんが? ねぇ、久我さんは何で一緒に来なかったの?」 「彼は今、死ぬほど忙しいからね。今年の初めに営業部での経験を活かして、マーチェンダイザーになったのよ」  マーチェンダイザーは、企画開発から販売戦略、デザイナーとの打ち合わせに市場リサーチなど、アパレルブランドの売り上げを左右する指揮官のようなポジションだ。 「驚いた。だけど、久我さんにぴったりだね。そっか、久我さんってやっぱり凄いな」 「うん。久我クンは本当に凄いよ。おかげで僕との企画も順調に進んでる」  自分も頑張っているつもりだったが、久我は一歩も二歩も先を行っていた。 流石だと誇らしい気持ちになると同時に、逢いたい想いが込み上げる。

ともだちにシェアしよう!