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ノスタルジア③
「お待たせしました」
思い耽る玲旺の頭上に、月島の声が降ってきた。月島はオーダーの品を淡々とテーブルに並べていく。
「あれ、今日も眞がホールに出てるの? 忙しいんだ」
「ううん、その逆。今ちょうど厨房暇だから、こっちに出てこれた。ちゃんと挨拶しとこうと思って。初めまして、氷雨さん。月島です」
よろしくと言って差し出した月島の手を、氷雨がとる。
「こちらこそ。良かったぁ、差し出されたのが右手で。左手で宣戦布告されちゃったら、どうしようかと思ったわ」
ふふっと氷雨は楽し気に笑ったが、月島は少し怯んだように身を強張らせる。
「あはは。僕のこと怖い? 取って喰いやしないわよ。桐ケ谷クンに良からぬことをしたら、八つ裂きにするけどね」
「良からぬことって何っすか。ってか、あんまからかわないでください」
戸惑う月島の手を握ったまま、氷雨は首を傾げる。
「何だろうね、この既視感。ああ、そうか。久我クンにちょっと似てるんだ」
「久我……」
その名前に、玲旺より先に月島が反応した。玲旺は慌てたように首を振る。
「え、何言ってんの。眞は久我さんに全然似てないよ」
髪の色も目の色も、背の高さだって違う。髪型も、服の好みも、言葉遣いも。玲旺は心の中で、一つずつ否定していった。そんな玲旺の様子を氷雨はジッと見る。
「そうなんだけどさ、なんとなくふわーっと。雰囲気とか、あと声もちょっと似てる。久我クンを凄く幼くした感じ」
「久我ってレオが逢いたがってた人でしょ? だったら光栄だな。似てるって言われるの」
月島が氷雨の手をほどきながら、ニッと口角を上げる。氷雨は一瞬だけ目を鋭く細めたが、すぐにいつも通りの余裕ありげな笑みを浮かべた。
「久我クンの話、聞いたことあるんだ。そっかぁ。流石、桐ケ谷クンが同志と言うだけあるわね。良いお友達なのねぇ?」
「そうですね。……良い友達ですよ。じゃ、俺そろそろ戻ります。お邪魔しました。ごゆっくりどうぞ」
軽く頭を下げて席を離れた月島の後ろ姿を、氷雨は面白くなさそうな顔で眺める。
「氷雨さん、どうしたの? 変な態度だったよ」
「何だか危なっかしいから、ついつい牽制しちゃったわ。キミは自覚無いんだろうけど」
目の前のティーカップを口元に運び、視線だけを玲旺に向けた。「自覚が無い」と言われても何のことだかピンと来ない玲旺は、口を尖らせる。
「勿体ぶった言い方すんなよ。何が危なっかしいの」
「キミ、こっちに来て一年半だっけ。そろそろ日本と人肌が恋しいんじゃないの? 全身から出てるよ。『寂しい。心細い。抱きしめて』ってオーラが」
「はぁ?!」
思ってもみない言葉に、玲旺は素っ頓狂な声を上げた。
「つまり、今のキミはチョロそうってこと。ちょっと想像してみて? 例えばこの後、『僕の泊る部屋で時間を気にせず飲み明かそう』と提案したとする。僕を信用しきってるキミは、ホイホイ付いてくる。酔いも回って夜も更けた頃、僕がキミの肩を抱いたとして、それちゃんと振り払える? 押し倒されてもキッパリ拒める?」
そう問われて、氷雨に抱きしめられている自分をリアルに想像してしまった。
きっと拒むはずだ。いや、「きっと」などと言ってる時点で、駄目だろう。氷雨ほど心を許した人ならば、もしかすると流されてしまうかもしれない。
「怖っわ」
口元に手を当てて青ざめる玲旺を見て、氷雨も驚いたように目を見開く。
「オイオイ、そこは秒で否定しろよ。え、マジ? もうちょい押したらいけちゃうの? うっそ。この後の仕事キャンセルすっかな」
「ひ、氷雨さん、言葉遣い。あと、ナイから。キッパリ拒むよ」
「やだもー。びっくりし過ぎて男がでちゃったわ。ホント、キミ、そういうとこよ。すっごくふわふわしてんの。わかった? 危なっかしいでしょ」
今度は素直に玲旺が頷いた。
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