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最終話  your king

「ねぇ、久我さんも明日休みでしょ? 買い物行きたい。この部屋に来た時に使う、俺用の食器を買うの。お揃いにするのもいいね。あと、ルームウェアも買わなきゃ。久我さんのはブカブカなんだもん」 「じゃあ明日は昼頃に起きて、どこかでブランチしてから買い物に行こうか」  休日の予定を一緒に立てるなんて、幸せ過ぎて眩暈がしそうだった。玲旺は小動物のようにスリスリと甘えながら久我にくっつく。 「嘘みたい。朝も夜も一緒にいられるなんて」 「そうだな。週明けからは、職場も一緒だしな」  久我の言葉に、玲旺は「ん?」と首を傾げる。 「職場が一緒? フローズンレインはフォーチュンとは別の事業部だろ」 「もしかしてお前、何も聞かされてない? お前はフローズンレイン事業部の本部長に決まったんだぞ。ちなみに今は俺が代理。お前が来たら、俺は本部長補佐になる」 「全然知らなかった……」  驚いて瞬きを繰り返したが、徐々に実感が沸いてくる。玲旺が興奮したように手を叩くと、風呂の湯がばしゃんと跳ねた。 「え、俺、久我さんと氷雨さんと一緒に仕事できるの? 本当に? 俺、フローズンレインでやりたい事いっぱいあるんだよ。どうしよう、凄く嬉しい!」 「てっきり藤井か氷雨から聞いてると思ったよ。そっか、あいつら俺が伝えると思って言わなかったんだな。……ところでお前のやりたい事って?」  久我は優しく見守るような、柔らかい眼差を玲旺に向ける。嬉しそうにはしゃぐ玲旺は、思いつくまま一気にまくし立てた。 「人気のワイシャツは定番の模様の他に、季節限定品を出そうよ。あと、シャツの刺繍とおそろいで雑貨も作りたいな。単価千円以下で、中高生でも気軽に買えるやつ。それから、何と言ってもネットショップを充実させたい。あとはね……あぁ、楽し過ぎる」 「いいな、それ。ちゃんと企画書にしろよ」  久我は玲旺の髪に指を差し入れて梳かしながら、改まった口調で続ける。 「俺はこの先、桐ケ谷が専務になっても社長になっても、ずっと側で支えていくから安心してお前の王国を拡大していけ。あ、でも仕事に関しては甘やかさないからな。お前が背負う大きな荷物を『半分持ってやる』なんて言わない。俺が支えるから、二倍持てるようになったと思え」 「ありがとう。……うん。久我さんがいてくれたら俺、何でも出来る気がする。あと『甘やかさない』って、初めて会った時も言ってたよね」  茹で上がったように赤い顔で玲旺は笑った。 「そうだっけ? あぁ、桐ケ谷のぼせそうだな。先に寝室に行ってて。俺もすぐ行くから」  本格的に湯あたりする前に、玲旺は風呂から上がって脱衣所に出た。そう言えば全裸でここに来たんだっけと、玲旺はリビングに戻って脱ぎ散らかした服を拾い集める。 「あっちい」と言いながら手でパタパタ顔を扇ぎ、久我の作ってくれたホットミルクを一気に飲み干した。すっかり冷めていたが、風呂上りには丁度良いい。  口元を拭いながら寝室のドアの前に立つと、僅かに緊張する。初めて久我に抱かれた夜の切ない思い出は、今日、一つずつ暖かなものに塗り替えられた。きっとこの扉を開けば、あの日の想いは浄化する。そんな予感を抱きながら、ドアノブを引いた。

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