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シュ シュ シュ
トントン
パサ
ここ20分、ずっとこんな音だけが続いてる。
後は、俺が身に付けている腕時計の秒針のチ、チ、チ、という音だけ。
ずっと同じ作業で集中力が途絶えている俺は何度目か分からない欠伸をしながら、担任から渡されたプリントを3枚1組にしていた。
このプリント、作業するまで内容をいまいち見ていなかったけど、どうやら近々控えている学校イベント、クラスマッチについて書かれているみたいだ。
クラス対抗戦で、定番スポーツは勿論、文化スポーツも競技に組み込まれてくる。
この学校でなかなかの盛り上がりをみせるイベントのひとつだ。
一方で、サボりたい意識が強い生徒には、それなりに酷なイベントでもある。
定番スポーツのみなら「運動苦手なのでぇ~」なんて言い逃れができるのだが、クラスマッチでは「運動が苦手」と口にしてしまえば“百人一首”や“将棋”、“一般常識クイズ”等々の頭脳スポーツに回されるのだ。
体を動かし疲れるか、脳を動かし疲れるか。
どっちに行っても疲れるから、結局のところ自分の出来るものを選ぶしかない。
更に去年は色々な競技で色々なトラブルがあった。今年もあるのかと、想像するだけで気が重い。
そして俺はそんな用紙を20分も見続けているから、余計ため息が出てくる。
クラスマッチの当日になって、予測できない大きな何かが起こって中止になったりしないだろうか。
そんな漠然とした何かを想像していると、ガラリと背後の扉が開いた。
「ぁ」
「……お疲れ」
「……お疲れ、は藏元だね。顔が疲れきってるぞイケメン」
中に入ってきたのは40分程前に教室に置き去りにした藏元だった。
……40分か。意外と早かったな。
隣に立った藏元は大きくため息をついた。
「イケメンじゃないよ………………、疲れた」
「ははは、でもそれも必要なことなんだよねー。てか、よくここにいるって分かったな?」
俺がいるのは1階の多目的室。ズッキーに作業するから部屋を貸してくれと話を通し、部屋の鍵を預かった。
普段ここは鍵がかかっていて使用されていない。人がいないのに空いてたら、どこぞのカップルがナニしに来るからだ。迷惑な話だよねほんと。
「うん、偶々教室に戻ってきたクラスメイトが、成崎がここに入っていくところを見かけたって教えてくれて」
「ぁそうなの」
「…………これ、何してるの?」
「ん?……ズッキーの雑用を肩代わりしてる。あの担任、マジいつか見てろ……!」
藏元の声はいつもより静か……というより、低い?余程小竹の話が堪えたのだろう。
「……あの、…………聞いてもいいかな」
「んー?」
「このプリント、生徒会のふたりが昼休みに運んできたじゃん」
「おーそうだな。あれは俺もビビった。いや、助かったのもほんとだけど」
「……成崎は、あの先輩ふたりと仲良さそうだったけど…………どんな関係なの?」
え。
プリント1枚を持ち上げたまま俺は隣の藏元を見上げた。
何その問い。どっちの問いなの?単なる疑問?それとも他の生徒たち同様嫉妬の方?
「ん……と、それは、どう捉えて答えればいい……の?」
「……ぁ、ちが、……そういう意味じゃなくて……」
俺の疑問を返す疑問に、藏元は慌てて言葉を探している。
イケメンが狼狽えて、そわそわしている。それが何だかとても面白くて、俺は笑ってしまう。
「ふ、あはは!藏元、小竹に話聞いたばっかりだもんな。あはは、話の影響受けまくってるじゃん!」
「……そ、だね。ちょっと、まだ気持ち落ち着かなくて……ごめんね」
「んーいいよ、気にすんな。大抵そんなもんだって」
「……俺も手伝うよ、これ」
「大丈夫だよ、あとちょっとだし」
照れ隠しなのか、プリントに手を伸ばしてくる藏元。次の束を作ろうと俺も手を伸ばす。
つん、と俺の手に藏元の手がぶつかった。
「ぁごめ……ん…………く、藏元?大丈夫、か?」
ぶつかった瞬間、素早く引っ込められた藏元の手。触れるくらいにぶつかっただけなので、俺は軽く謝ったのだが、ぶつかったその手をもう片方の手で握りしめて、藏元は顔を真っ赤にしている。
……イケメンは、照れると途端に可愛くなるのか。……じゃねぇよ!!え、なんか、藏元、様子明らかに変じゃねえ??
「おい、藏元?」
「………………成崎」
「大丈夫……?なんか、凄い、……顔が……」
「ぉ、俺、……やばいかも」
「え?」
「ごめん、やっぱ今日は帰る!」
何かにとてつもなく戸惑っている様子の藏元は帰宅宣言をすると、凄い勢いで出ていった。
…………あれ……俺やっぱり、小竹の話、一緒に聞くべきだった?
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