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引手に手を掛け、扉を開く。既に授業が始まっていた教室では、殆んどの人が振り返って俺に視線が集中する。
「成崎くん、もう授業始まってますよ」
「んー」
今授業をしていたのはズッキーとは違ってきっちりとした真面目な先生、川村だった。予習復習は当たり前、時間厳守は絶対ルール、提出期限は譲らない。
そんな厳格で有名な先生に向かって失礼な返事をするものだから、教室中がざわつく。
ただ俺は近状で頭が一杯で、心此処に在らずだった。
「何故遅れたのか、ちゃんと説明しなさい」
「んー……」
「成崎くん、聞いているのか。」
「…………」
「成崎くん、怒るぞ」
「……虎に踏まれて、竜に蹴られました」
机に突っ伏しボソッと呟いた俺に、先生は目を点にして、皆は視線を交わして何かを察したように苦笑いした。
「……何が言いたい?成崎くん、どういう意味だ?」
「あの、川村先生……」
「なんだ」
先生の訝しげな表情に、ひとりの生徒が手を上げた。
「……今はそっとしておいてあげてほしいです」
「なんでだ?」
「先生も、噂は知ってますよね」
「噂?……あぁ……確か生徒会の、」
「それで多分、色々…………あったんだと思います」
援護射撃してくれるクラスメイトたちは、とても出来た人たちだと思う。納得のいっていない先生に、生徒それぞれがフォローの言葉を挟んでくれる。
「だが虎とか、踏まれたとか、俺には意味がわからないんだが……」
「うーん……踏んだり蹴ったり?とかじゃないですか?」
「あー!それじゃないかな!」
「僕もそう思います」
「じゃあ虎は?竜は?」
「竜虎相……はなんか違うよね……」
いつの間にか、授業より俺が呟いた言葉の謎解きの方に意識が集まっている。
そんなでいいのか2Bよ……。でもここで俺が口を挟んだら、洗いざらい説明を求められそうなので、俺は俺で悩み事に集中する。
ああでもないこうでもないと虎と竜の謎を解けないでいた教室で、唯一、ひとりだけ静かにその答えを発した。
「……虎口を逃れて竜穴に入る」
皆が、その声の主を見た。藏元だった。
「どういう意味?藏元くん」
「……踏んだり蹴ったりと同じようなことだよ。」
「……て、ことは……?」
「相当不運なことが立て続けに起こったんじゃないかな?」
「……そう、……だよね。ふたつの諺を、重ねて使うなんて……」
藏元の静かな眼差しに、皆が同情するように頷いた。先生すら、机に突っ伏する俺から話を聞くことを断念して授業を再開する。
朝、あれだけソワソワしていたんだ。クラスの皆だって気になっている筈だ。
ただ、昼休みに起こったことを嘘偽り無く正直に話すなんて余りにも自殺行為過ぎて、俺にはできない。
宮代信者から集団リンチされかけ、途中から付き合うように誘導されたとか。
東舘さんの信者からは強姦されかけたとか。
挙げ句、東舘さんにキ、……スされた……とか。
いくらノンケで通ってる俺でも、今回はレッドラインを踏み越えている。下手をすれば、今後の生活に支障を来してしまう。
だったら黙秘を貫くしかない。
川村先生の問題解説がされるなか、俺はまた重い秘密を抱えてしまった。
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