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状況を整理しようか。
相手チームには江口先輩がいる。
こっちのチームには佐藤がいる。この二人はかつての恋敵で、今でも犬猿の仲だ。
その二人が取り合った人は、髙橋の元カレだ。
そして、現在髙橋と付き合っているのは、この試合に出場している渡辺だ。
このドロッドロの人間関係のなか、誰が安心して試合を見れるものか。
ジャンプボールから始まった試合は、江口先輩がボールを捕らえては軽やかなドリブルで人を躱して、最初のゴールを決めた。
……今、佐藤の横を抜けて行ったよ。反対側の方が人いなくて簡単だったろうに……。江口先輩、今の完全に佐藤への挑発だよね。ノリノリかよ。
今度は佐藤が、相手から奪ったボールをそのままシュートした。スリーポイントシュート。
やってやったって顔してる佐藤。こっちもイキイキしてるよ。
盛り上がる会場。
奮い立つチームメイト。
喧嘩腰になるふたり。
絶望する俺。
もうこれ、交代まっしぐらじゃん。
江口先輩がニヤリと笑って、佐藤に向かって何か言った。ここからでは当然聞き取れない。
ただ、あんな表情で言うことは、嫌味以外ないよね。
当然、キレた佐藤が江口先輩の胸ぐらを掴んだ。
あーそんなことしたら駄目だよー
届く筈もない声を、俺は心の中で上げる。
審判に笛を吹かれ、ズッキーがチームリーダーと話している。俺の死刑宣告が近づいてくる。
そして、ズッキーは真っ直ぐ、2階にいた俺を見据えた。
「成崎ぃ、出番だぞぉ」
死んだ。
「成崎呼ばれたな!行ってらっしゃい!応援してる!」
こっちの気も知らない髙橋に見送られ、階段を降りて、2Bのチームのベンチに行く。佐藤は未だ苛立っている。
……話しかけて墓穴掘りたくないし、スルーしとこう。
予備のビブスを受け取り、重い気のまま着ていると、佐藤の方からやって来た。
「ごめん。……我慢できなくて……カッとなった」
「…………気にしなくていいと思うけど」
「…………」
「……だって、江口先輩と佐藤が仲悪いなんてもう常識じゃん。あーまた喧嘩した、くらいにしか思ってないから」
だからさっさと頭冷やして立ち直ってくれ。俺は一刻も早くこの試合から逃げたいんだ。
「……はは、おぅ。ありがとう」
……なんか感謝された。
そして、試合再開の合図が出される。
……やっぱ嫌だ、コートの中に入りたくない!とギリギリまで突っ立っていれば、背中を思いきり押されて参加せざるを得なくなった。
今押したの誰だ……!絶対後で覚えてろっ……!
まぁ、江口先輩の標的は佐藤だったわけだし、ここからは普通の試合だろう。大丈夫、藏元に教えてもらった通り、基本に従ってやれば活躍はしなくても迷惑もかけないだろう……!
しかし、俺の思惑とは裏腹にボールを持つ3年が近くに来てしまった。覚悟を決めて、目の前に迫ってくる3年の手捌きを注視して、思いきって踏み込んでみたら、ボール、奪えちゃった。
おぅ……まじか。ちょ、藏元、出来たよ。凄くね?捕れちゃったよ……ぁ、感動してる場合か!さっさとパスしてしまおう。
調子に乗って余計なことすると、倍の失敗をしそうなのでチームメイトにさっさとパスした。そこからチームメイトがシュートを決めた。
こ、これがアシスト……?いや、バスケのルール知らんから、バスケにアシストって用語を使っていいのかは知らんけど。とりあえず、よかったよかった。
チームメイトたちとハイタッチしているなか、偶然、目に入った江口先輩。気のせいであればいいんだけど、佐藤の時と少し雰囲気が違う。
あの嫌味な笑みが、暗さを帯びている気がする。
江口先輩の感情がはっきりと読み取れなかった俺は、次の瞬間、走り出した先輩を見て、何が目的なのか察してしまった。ボールはそっちに無いのに、パスを求めるフリをして、走っていく。渡辺のいる方へ。
あぁ、佐藤の次は、好きだった人の敵討ちですか。あの人の代わりに、髙橋と付き合ってる渡辺潰しですか。
ほんと、ちっちゃいな、あんた。
気づいたときには、俺は渡辺の前に走ってしまっていた。
俺なんか、江口先輩と比べると体の大きさも筋肉の量も違う。止められるわけ無いのに、何やってんだ俺。
渡辺を庇うように江口先輩とぶつかった。体が弾かれた瞬間、スローモーションに見えるって本当だったのか、と思えるほどには能天気だった。
俺が硬い体育館の床に転がれば、どよめく会場。選手同士の接触って、見ている側も心臓縮むよね。
駆けつけるチームメイトやズッキー。俺は上体を起こして、笑ってみる。大袈裟に心配されても困るし。
「成崎くん!大丈夫?!」
「成崎大丈夫かっ!?どこ打った!?」
「あー大丈夫っすよ。平気っす」
「あっ……成崎くん、腕と、脚……焼けてるっ……!」
隣に屈んだ渡辺が怯える声でそんなことを言ってくる。確かにヒリヒリするなと思ったけど、転がったときに摩擦で焼けたらしい。
「大丈夫っすよ。他なんともないんで」
立ち上がって、なるべく軽く言ってみるがどんどん静かになっていく周囲。
え……俺もしかして、顔面から血出てるとか?ドン引かれるほどに??
手で顔を確認しながら、チラリと見た江口先輩。その表情に、こっちが驚いた。
血の気がない。目が怯えている。全身、硬直している。
なんだ?どういう状況なんだ?
この会場で、俺ひとりだけ取り残されて、事態が把握できない俺はキョロキョロと辺りを見渡す。そして、その原因が、はっきりと分かってしまった。
「俺のなりちゃんに、何してんの」
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