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東舘さんは髪が少し濡れているな、くらいで激しい運動をしてきたという印象は受けない。 ここに息を切らせて走ってきた誰かさんと違って、体育館で休憩して、汗も拭いてきたんだろう。その綺麗な顔はいつも通り、読めない笑みを作っている。 自分の好きなことで負けたんだ。藏元に文句でも言いに来たんだろうか。 「東舘さん、敗けは敗けですよ。認めてください。」 「はいはい、分かってるよなりちゃん。滅茶滅茶悔しいけど、今回は俺、負けちゃったぁ」 あれ?意外と素直に認めてるじゃん。なんだ、じゃあ何しに来たんだ? 「負けたからさ、約束守りに来たんだよ」 約束? 何のことだと首を傾げる俺の隣で、表情を険しくしていた藏元はいきなり立ち上がって東舘さんを見据えた。 「ここで話すことじゃないです」 「そぉ?試合終わったら藏元くん、すぐ居なくなっちゃうんだもん。約束破るのもなんかヤだし、わざわざ俺、来てあげたんだけど?」 「……なら、場所変えますから」 「なりちゃんもいるし、ちょうどいいじゃん。ここで話そうよ」 「やめてください。」 ふたりのやり取りの内容が全く見えてこない。一体、何の話でそんなに真剣になっているんだ。 「あの、……何の話してんの?」 「ううん、何でもないんだ」 「あのね!俺と藏元くん、さっきの試合で賭けをしてたんだぁ!」 「………………」 「……賭け?」 藏元が東舘さんを、見たことない目で睨んでいる。睨まれてる東舘さんは受け流しているのに、関係ない俺がビビってしまう。 「うん。俺が勝ったら、なりちゃんの傍から消えてって言った」 「………………」 「藏元くんが勝ったら、俺の目的を教えてって言われた」 「東舘さんの、目的?」 「藏元くんにはね、なりちゃんに対する俺の行動が理解できないみたい」 「…………」 それは、……俺も理解できない。 というか、俺には伝わっていると思っていたあなたが既に理解できない。あんな奇行の数々、平凡の俺では何回生まれ変わっても、理解できないと思う。 「そしたらどうよ?藏元くん、バスケ超上手いの!これちょっと卑怯だよねぇ」 「んー……さぁ……東舘さんの卑怯の定義が俺にはよく分かんないっす」 「あー、同じクラスだからって肩持つー」 「……いや、藏元がイエローだったら、江口先輩はレッドじゃないですか」 「……痛いとこついてくるねなりちゃん…………はいはい、分かってますよ」 両手を挙げて降参のポーズをとる東舘さんに、再度藏元が挑戦する。 「ここでは話さないでください。賭けには勝ったんですから、それくらい」 「調子に乗んないでくれる?藏元くんが勝った賭けは俺から話を聞ける、てだけで、その話を何処でするかは賭けの対象じゃないよ。」 少々強引な理屈な気もする。でもこれ以上反論すると、喋りたくなくなっただの、無効にするだのと賭けを放棄され兼ねない。それを察した藏元は、かなり不服そうではあるが黙った。 「……俺が見つけたのに、あとからノコノコやって来て、……理解できないのはお前だよ藏元くん」 ボソリと呟いて、座っていた俺の頭を普段では考えられない優しい手つきで撫でた。 「ねぇ、藏元くん」 「……なりちゃんが、仕事熱心な理由を知ってる?」 東舘さんが、藏元に向かって明るく喋りだした。藏元を急かすように、捲し立てる。 「なりちゃんが、空想世界を愛してるの知ってる?」 「なりちゃんが、ひとりの時間を大切にしてるの知ってる?」 「なりちゃんが、どうして友達を作ろうとしなかったか、知ってる?」 東舘さんの質問ひとつひとつに眉間を険しくする藏元。東舘さんの声は、刃物のように鋭くて、早口なのにその声で放たれた言葉は次々に胸に突き刺さって、忘れられない。これが感動できる詞や歌だったらどんなによかっただろう。 「分からないようじゃ俺の目的も分からないと思うよ?」 「……応えになってないです」 「…………ふふ、……そうだね」 睨む藏元を鼻で笑った東舘さんは窓の外を見つめた。 「俺の目的は、なりちゃんを自由にしてあげること」 「………………」 「だから、とっても、君が邪魔なの」

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