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校舎付近まで来た俺は宮代さんと別れて体育館に向かう。
近づけば近づく程、人の声が、賑わいが聞こえてくる。盛り上げるためのBGMや、振る舞われている料理の香り、徐々に強まる会場の光が、俺の覚悟を削いでいく。
どうか、どうか、体育館に辿り着くまでにとんでもないカップルだけには、会いませんように……!!
そう祈りつつ渡り廊下を歩いていけば、願い虚しく盛り上がったカップルに遭遇してしまった。
うわぁ……なんで俺ってこうなの。つーか、こんな人がたくさん通りそうなところでくっつくんじゃないよ。TPOを弁えなさいよ。
そのふたりは、体育館の光が届かない薄暗い渡り廊下で抱き合い、何度も何度もキスを繰り返していた。背の高い方の男子生徒が、唇を離した瞬間チラリと俺を見ては、またすぐにそっちに集中する。
えー?止めてくれないわけ?何なの?あなたにとって他人の目って気にする対象じゃないの?通りづれぇ……非常に通りづらいけど、ここまで来て、しかも気づかれてるなら、Uターンするのも変だしな…………よし、颯爽と通り過ぎよう!
決意した俺は、カップルと視界を隔てるように片手で顔を隠して早足で歩き出す。
「ンンッ……ね、……ねぇ、やだっ……人来たってぇ…………!」
ふ、触なくてよかったのにぃ……!!途中で気付かないなら、最後まで気付かないでよっ!!
「大丈夫だって。お前可愛いから」
ネコの顔を、タチが強引に引き戻し再開する。
可愛いから……?どういう理屈だよっ!!アホか!!皆が皆、発情期だと思うなよ!!
俺の存在を無視して続行するこいつらを呪いながら、俺は体育館へ急いだ。
後ろの声から逃げるように体育館に駆け込むと、中は大いに盛り上がっていて、別世界のように見えた。
食事をする人、会話を楽しむ人、カップルで過ごす人、複数人のグループになって楽しむ人。それぞれがそれぞれ楽しんでいて、学年やクラスの垣根は無い。
……やっぱり、こんなにゴチャゴチャしてたら俺ひとり居なくったってバレやしないだろ。宮代さんには嘘つくことになっちゃうけど……ここに一応、数歩は踏み入ったわけだし、帰ろうかな。
体育館全体を見渡して、静かに後ろに下がったとき横から肩を叩かれた。
「……ぁ、」
「成崎、よかった。無事だったんだな」
寄ってきたのは、バスケで交代した佐藤だった。
「無事?……無事って何のこと?」
「えっと……サッカーの決勝試合の後、成崎の姿が見えないって藏元が探してたんだよ」
「ぇまじで?」
「ただ、その後すぐにバスケの決勝もあったから藏元、そっちに行かなくちゃならなくて……」
また立て続けに出たのか。しかも決勝って……。あいつどんだけ体力あるんだよ。
「そういやサッカーとバスケ、結果は?」
「サッカーは宮代会長のクラスが優勝。バスケはうちらのクラスが優勝だよ」
「へぇすげぇな」
「どっちも物凄い活躍だったよ藏元。……成崎、どっちも見てないんだ」
苦笑いの佐藤に、俺は同じ過ちを繰り返したことに気付いた。
皆から見ろって言われたのに、また俺は……!友達として、最低すぎる……!!
「その活躍もあって、……ほら。あの人混み、中心にいるのは藏元だよ」
そう言われて示された先には、人がたくさん集まっている場所があった。20人位はいるだろうか。
ルックスだけでなく、実力まで証明された。ファンは間違いなく急増するだろうな。
「…………バスケの優勝が決まったあと、藏元、ファンを振り切って成崎のこと探しに行こうとしてたんだよ。かっこよかったぁ」
「…………お前、タチじゃなかったっけ?つーか、可愛い顔が好みなんだろ?」
「あれは誰が見てもかっこよかったと思うぞ。その場にいたら、成崎だって惚れてたかも」
それはねーよ。かっこいいとは思うかもしれないけど……
「……あっそ」
「そしたら、そこに会長が来てさ」
「…………へ?」
「成崎には仕事を手伝ってもらってるからいないんだ、て藏元に言ってた」
…………宮代さん。何処までもフォローしてくれるなんて、本当あなたって神様ですか。あの場所に誰かを連れていくこと、多分躊躇ってくれたんだよな。
「……まぁとにかく、普通に戻ってきてよかったよ」
「んー。何の面白味もなくてごめんね」
……でも、そっか。やっぱ活躍したんだ、藏元。俺は見てないから誉められない。感想もない。だから、あの輪の中でチヤホヤされて、ちょっとくらいいい気分を味わってほしい。
たくさんの人に囲まれるなか、一瞬だけ、笑っている藏元の姿が見えた。
俺は佐藤の話を聞き終えて、回れ右して出入り口に向かう。
「あれ、何処行くんだよ?」
「寮に帰る」
「ぇ、藏元に声掛けて行かないの?」
「んー、汗気持ち悪いし、風呂入りたいから先帰るわ」
「冷めてるねぇ。んじゃまた学校でな!」
「んー」
来たばかりの体育館から、特にこれといった未練もなく立ち去った。
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