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大きめのTシャツと、ボクサーパンツだけの格好で脱衣所から出た俺は、ドライヤーを使うのも面倒くさくてタオルでワシャワシャと雑に髪を拭きながらリビングに向かった。
静まり返る俺の部屋に音が欲しくて、観たいと思ってる番組もないくせにテレビをつける。今が旬らしきタレントがテレビのなかで笑い、喋っている。
タオルを首に掛けてソファーに座った俺はその内容をろくに聞きもせず、テーブルの上に放置しっぱなしだった小説を手に取った。
そういえば、まだ晩飯食べてないな……
なんて思いつつ小説を開いたら、それに合わせたかのようにインターフォンが鳴った。
うわまじか。俺今、完全休日スタイルだよ。ダラけ全開だけど……あれ、下の服どこ置いたっけ?
小説を閉じて、ソファー周辺を探すが、見当たらない。2度目のインターフォンが鳴った。
んー?風呂入る前に準備して……脱衣所に持っていったっけ?持っていった覚えはないけど……。
脱衣所に向かおうとすると、3度目のインターフォンが鳴った。
あー面倒。いいやもう。このまま出よう。顔だけ外に出せばいいだろう。つか、どうせドアの向こうにいるのは男だし。ネコならやだ見せないでよぉって反応だろうし、タチならお前のなんか興味ねぇよって反応だろう。そもそも俺はノンケだって知られてるわけだし。特に害はないだろう。よし、そうしよう。
俺はそのまま玄関に向かった。
「はーい誰ですかー」
顔を出せる程度、少しだけドアを開ければ、勢いよく引っ張られて俺はバランスを崩した。
でも、俺が転ぶ前に来客者に受け止められ、そのまま押し戻され、その人と一緒に部屋のなかに入った。
「???ぇ、わっ!?」
誰なのか分からぬまま、俺は壁に背中をぶつけた。否、壁に追い詰められた。
ドアが閉まり、慌てて俺は相手の顔を確認しようとするが、それよりも早く、その人は背中に手を回してきて痛いくらいの抱擁をしてきた。
「なにっ、ぐぇ……!?」
蛙が潰れたような声出ちゃったけど…………
密着したことで伝わってくる、とても早い鼓動。こっちまで釣られてしまいそうだ。
俺の肩に顔を埋める人。顔は見えない。でも、触れられて、不思議と嫌悪は感じない。漠然とだけど、怖がる必要はない気がする。
「…………成崎」
ほら、やっぱり。
「藏元……入室の仕方、ちょっと考えた方がいいよ」
「うん……」
頷く藏元の髪が首に擦れてくすぐったい。
「……安心した。」
「ん??」
「成崎に何かあったのかなって……ずっと……」
「ぁ……ごめん。でも、ほんと何もないから」
「……もし変な奴に、絡まれてたらって……」
「ぁそっち?それはねぇよ。俺の顔知ってんだろ?こんな平凡顔誰も」
言いかけたら、藏元はさらに強く抱き締めてきた。
「いででっ!内蔵出る!藏元、力加減っ」
「成崎は、成崎のこと、全然分かってないね」
「はぁ……?」
自分の顔面偏差値分かってないお前には言われたくないね。
「……打ち上げの体育館に、来たんでしょ?」
「?……うん」
「なんで声掛けてくれなかったの?」
「……宮代さんに大丈夫って言われたんだろ?」
「言われたよ」
「だから…………宮代さんの言葉以上に安心できるものもないかなって」
「本人を見れば、一番安心するよ」
……まぁ、それは……そうだね。
「……そうだ、打ち上げは?まだやってるだろ?」
「うん、……でも、佐藤くんから成崎が寮に戻ったって聞いて……どうしても気になって……」
心臓の音凄かったし、また走ってここに来たのか。友達として、俺は凄い嬉しいよ。こんなに気にかけてくれる友達、そうそういないから。ただね、ファンからの嫉妬は目に見えてるよね。
「…………俺が声かけるべきだった。ごめん」
「え……そんな、謝罪してほしい訳じゃ……!」
ここで漸く藏元は顔を上げた。そして、俺の顔の真横でこちらを向く。
……触れることで安心したいのか、ただの甘えたがりなのか知らないけど、そろそろ離れません?すんごい顔近いんですけど。
「藏元……そろそろいい?」
「え?」
「俺の骨、肋骨を中心に折れそう」
「あっ!ごめん!俺安心してつい…………ごめん!」
慌てて離れた藏元に、俺は少し心配になる。
お前……その顔で誰にでもハグしてるわけじゃないよな……?
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