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逃げてきた?……マフィアから?殺し屋から?借金取りから?後継者争いをする血も涙もない親族たちから?
こういう時だけ無駄に想像力あるよね俺。……て、違うだろ。本人から聞きたいと思っていたことを、本人が話してるんだ。真面目に聞けよ俺。
勝手な想像を頭から追い出して、藏元の話に耳を傾ける。
「自慢とかじゃないんだけどさ、」
「んー」
「俺、小さい頃から回りのみんなよりスポーツの呑み込みも上達も早くて、大抵どんなスポーツも簡単に出来たんだよね」
「…………自慢じゃねぇですか」
「……成崎。真面目な話」
「あーうん、ごめんすいません」
「教えてくれる人も凄い誉めてくれるし、両親も期待してくれるし、有名なスポーツクラブでもユニフォームもらえるし……あぁ、俺スポーツ得意なんだって自覚したんだよね」
これ、自慢話だろ?違うの?俺のなかではそうなんだけど、世間一般的には違うの?いや、藏元の感覚が変なんだ!これは絶対自慢話だって!突っ込みたい!非常に突っ込みたい!これが自慢話でなかったら、何が自慢話なんだ?!
「小学校の頃からクラブに入って、その流れで中学も強豪。高校は推薦で入ったんだけど……」
このまま自慢話が続けば、議題を“自慢話について”に変えて討論しようと思っていたけど、藏元の言葉が途切れて、これは自慢話だけでは終わらないと漸く悟った。
「……高校のみんなは、本気でスポーツをしてたよ。楽しむことより、優劣の意識が強かったんだ」
「…………プロを目指してる、て事?」
「そういう人も、勿論たくさんいたよ」
プロを目指してる、別世界の話みたいだ。俺なんか、将来の夢すらハッキリしないのに。
「一応俺も、両親の期待とか、クラブの人たちの応援もあったから強豪校に入って活躍しなきゃと思ったんだ。」
「俺ならプレッシャーだけで投げ出しそうだけど……」
「あはは……でも、高校のみんなも仲良くしてくれて、この人たちが頑張ってるのに俺がミスして足引っ張れないなって思って、そこでもそれなりに練習してレギュラーにも入れたんだよ」
チームメイトの為に練習する。藏元らしいといえば、藏元らしいのかな。
「……順風満帆にしか、聞こえないんだけど」
「でもね、」
疑問の声を上げれば、藏元は俯いて手元を見つめる。
「ある大事な試合で、ボロ負けしてさ……。完敗だったその試合で、チームメイトは全員泣いてたよ。みんな本当に真剣に練習してたからね。……でも俺、……全然なんとも思わなかったんだ」
その一言に、俺は眉間に皺を寄せて藏元を見た。
「……“シアイ”が終わっただけで、また明日から“レンシュウ”して次の“シアイ”を迎える。そう思うだけで他はなんとも……」
藏元は顔を上げて、話の暗さを紛らすように、態と大袈裟に肩を竦めた。
「俺は勝負事に……勝ち負けに、あんまり執着できないみたいなんだよね」
「…………」
「でもチームメイトは真剣にやってる人たちばかりだから口が裂けてもそんなこと言えないじゃん」
真剣にやっててレギュラーになれてない人もいた筈だ。その人たちからしたら、藏元は中途半端に見えるのかもしれない。
「それで俺、……その時付き合ってた彼女に愚痴を溢したんだ。みんなみたいに真剣になれない、勝ち負けなんかどうでもいいって」
「……彼女…………」
「うん……。で、凄い怒られた。真剣にやってる人たちを馬鹿にしないで。勝ち負けをどうでもいいと思うのは努力してないあなたが悪い、てね」
「別に、馬鹿にはしてないだろ……?」
「あの子からはそう見えたのかもね」
「…………」
「真面目で仲間思い、俺をそう思ってた彼女から最後に一言。なんかイメージと違った。そんな中途半端でやる気のない人だと思ってなかった。別れてほしい」
イメージと違った……。
藏元は現実と気持ちのズレをどうにか合わせようとしてて……それでも耐えられなくなって彼女に弱音を吐いた。
それが彼女には悪いように映ってしまった。一生懸命で精神的にも強い。そんな理想を持ってたのかな。
「彼女と別れて、チームメイトに気を遣うのも面倒になって、部活も休んで……スポーツとも距離をとって……」
「…………」
「その時気づいたんだよね。俺はスポーツは得意であっても、好きではなかったんだなって」
ウーロン茶の入ったガラスコップを、飲むわけでもなくただくるくると中を混ぜるように回している。
「気づいちゃった以上、もうそこには居られなくて。勉強に集中したい、自立した生活がしたいって両親を説得して、期待してた人全員から隠れるように逃げて、寮に入ったんだ」
「…………うん」
逃げる……そんな言い方しなくてもいいのに。向いてなかった、でいいと思うけど、藏元が背負っていた期待はそれで片付けられない程だったのかな。
「……なんか、凄い暗い話してごめんね」
「俺こそ、……嫌な思い出だっただろ?思い出させて、ごめん」
「ううん、気になるのが普通だから。…………あ、でも、発見したことがあって」
「何?」
「俺は勝ち負けに執着出来なかった筈なのに、今日の東舘さんとの試合はどうしても勝ちたいって思えたんだよ」
「…………それは東舘さんの挑発のおかげ?」
「というか、成崎じゃないかな」
「俺?……なんで??」
「ただの勝負なら全然どうでもいいんだけど……。友達が関わると負けたくなくなるんだなって」
「…………」
さっきまで辛い顔をしてたのに、ふんわりと柔らかに笑った藏元。俺も藏元の真似をするように膝を立ててソファーに座り直す。二人掛けのソファーに、向かい合って座る俺たちは客観的に見ればとても変な状況。
「藏元、……俺やっぱり分かんない」
「……どの話?」
「元カノの事」
「……?」
「俺、藏元のこと、どうしてもいい奴にしか見えない。そんなことある?」
「………………」
「これってもしかしてさ、」
「………………」
「洗脳されてる?」
「……!?ぶはっ、なにそれ!?あはははっ」
「勝ち負けがどうでもいいのは俺も基本そうだし。平和主義者だからね。」
「ふふ……うん、」
「だからさ、人のために何か出来る藏元は、それで充分じゃない?」
「…………ありがと、成崎」
何故かお礼を言った藏元は、漸く手に持っていたウーロン茶を口に運んだ。
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