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68 過去1

ちょうど1年前くらい。 俺は入学したばかりの1年で、この学校のルールなんか全然分からなかった。 同じクラスの、偶々隣の席だった小竹は俺がノンケであるといち早く見抜き、色々教えて……もとい、教え込まされていたけど、受け入れられない事の方が多かった。入学した当初は、俺と同じノンケも結構いたがそれもつかの間、BLについてあれよこれよと学んでいた数週間のうちにノンケはほぼ消滅していた。 思春期の好奇心とは何と恐ろしいものかと現実に怯えていたある日、担任の鈴木先生がプリントを読み上げて挙手を求めてきた。 「えー、クラスマッチ!連絡係がクラスで1人必要です。誰か、希望者!俺やりたいよー、僕やってみたいよー、なんて人いますか~?」 先生が挙手を求めるなか、静まり返る教室。積極性がないというか、面倒事を押し付けられたくないというか……誰も挙げる気はない。 「……だよなぁ。こんな雑用誰もやる気になんねぇよな~」 怠そうに本音を漏らす鈴木先生。 えー?先生がそんなこと言ったら益々誰も挙げなくなるじゃん。この先生、全然やる気ないじゃん。そもそも、係り決める気あるのか? 俺が鈴木先生を疑いの目で見ていると、隣から小声で呼ばれた。 「成崎」 「……ん?」 「何やってんだよっ、やれよ、係り」 「は?やだよ面倒くさい」 「違うって。連絡係やってれば忙しくなるだろ」 「当たり前じゃん。雑用だぞ」 「忙しくなれば、カップルたちのいざこざに巻き込まれなくなるぞ」 「……?」 「仕事してれば、それを言い訳に、余計な遊びに付き合わなくていいって事だよ」 「!!!─先生っ!!」 それだ!脊髄反射で勢い良く手を挙げた。 「おぉ、ビックリした……いきなりでかい声出すなよ……え、っと……山崎?」 「…………成崎です。担任ならさっさと覚えてください、佐藤先生」 「ぁお前ひでぇな。俺は鈴木だ。佐藤と間違えんなよ。日本一を争ってる佐藤とは、鈴木はライバル関係なんだ」 「スミマセンデシタ」 「お前……いいな。お前とは3年間一緒な気がするぜ」 1年でおさらばだ怠慢教師……なんて思ったこのときの俺に、2年になっても同じ担任だよと教えてやりたい。 「じゃあ……ナルサキ?よろしくな」 「な、り、さきです。ススキ先生」 「俺は草じゃねぇ!」 こんな下らないやり取りも学年が上がってもやるなんて思ってもなかったよ。 連絡係をやることになった俺は、ノンケだからという理由で交代選手としても選ばれて忙しい立場になった。俺としては願ったり叶ったりでよかったけど。 が、クラスマッチ当日。 「めっちゃ忙しいじゃん!予想以上なんだけど!こんな忙しいの!?」 「だろうな」 「小竹、お前嵌めたな!?」 「痴話喧嘩を避けた結果って言ってほしい」 「これほんとに避けられてんのかよ!?カップル内の揉め事が、交代選手に回ってくるだけだろ!?」 「…………俺は、成崎が裏方じゃなくガッツリ試合に出て純粋な姿を皆に見せてタチ専に目つけられてお昼時間に猛アタックかけられて、夜にはぐちゃぐちゃにされるほうを望んでるんだけどね」 「ごめんごめんごめん回避する方法教えてくれて本当に感謝してますありがとうございます小竹様」 目の据わった小竹に90度で頭を下げる。 なんて恐ろしい話をするんだこいつは。本当に友達か?いや、友達じゃない。決してこんな奴は友達じゃない。アドバイザーだ。BLの世界を生き抜くためのサポートアドバイザーだ。それ以外当てはまるものがない。 「……ぁ、じゃあ……俺ちょっと保健室に報告書届けてくるねぇ……」 小竹から逃げるようにその場から立ち去った。 保健室に向かって歩いて近場まで来たとき、向かいから背の低い生徒が目元を擦りながら歩いてきた。足取りも覚束無い。 「?…………あの、」 体調が悪いのかと思って声を掛ければ、肩を大きく揺らして驚かれた。 「ぁ、……えっと、大丈夫、ですか?」 「……ごめんなさい、……うん……大丈夫です」 その生徒の声は、叫んだあとのように霞んでいる。目元も真っ赤だった。俺がどうしようか悩んでいると、その人は振り返らずにさっさと行ってしまった。 「…………なんだろ……?」 気になったけど、取り敢えず再び保健室に向かって歩き出した。

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