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69 過去2

保健室の扉を控えめに開ける。人の気配はない。 「失礼、しまーす……」 保健室独特の匂いが鼻を掠める。病院に似た匂いとか風景は、あんまり好きに慣れないよな。……ベッドは例外だけど。 「はぁー……なんか、やっぱ小竹に騙されてる気がするんだよなぁ……」 誰もいない保健室で、独り言が虚しく響く。愚痴を溢せる友達もいないし、こんな空間で愚痴を溢す事しか俺には出来なかった。 提出する書類を見直して、提出箱に入れる。 これで用は済んだ。あとはここを出るだけ。……だけ、なんだけど……ずっと働きっぱなしだったんだ。ちょっとくらい、休んでもいい? 魔が差した俺は、チラリとベッドを見る。……誰もいないし、奥のベッドならいい? 「……いい、よね?」 誰もいないと分かってるのに、足音を立てないように奥のベッドまで歩いていく。 そして、そこまで来て漸く気づいた。 「あっ……!?」 人が、寝ていた。布団がそんなに膨らんでなかったから全然気付かなかった。 俺、独り言大きかった……よな?寝てるよね……この人……?気付かれてない? オロオロする俺に、反対側を向いて寝ていたその人は寝返りを打って顔を見せた。 「……一緒に寝る?」 「……………………」 言葉を失う、てこういうことなんだ。 顔を見せたその人は、思わず息を呑んでしまう程の綺麗な人だった。眠たそうな顔で、俺に優しく笑ってる。これ、俺と同じ男?ほんとに? 「……どうしたの?ぼーっとしてるね」 「…………ぁ、……いえ」 「……?1年生?」 「はい」 「……ふふ」 綺麗なその人は、ゆっくりと起き上がった。掛けられていた布団が肩から滑り落ちる。 「!」 咄嗟に顔を背ける俺。 ……あれ?相手も男だし。反らす必要ある?でも、なんか、顔が綺麗だから……脳が錯覚して、見たら失礼かなとか思っちゃったんだよな。 「どうしたのー?」 「……は、裸……」 「んー?あ、そうだねー」 「見られても、平気な人ですか?」 「うん別に気にしないよぉ」 「……そ、すか……」 一応、許可はもらったし、反らすのをやめた。相手は男だと、自分に言い聞かせながら向き直る。 「……ねぇ、」 「はい」 「ベッド、入ってきなよ」 「……はい?」 「一緒に寝ようとしてたんじゃないの?」 「っ!?違いますよ!!!俺はただサボろうとっ……ぁ」 「……へぇ?」 馬鹿だ。どっちの回答も馬鹿だ。頭を抱えた俺に、その人は手を伸ばしてきた。 「ねぇ、ちょっとこっち来てよ」 「?」 よく分からずにベッドに近づいた俺は、その人に手を掴まれて指を絡められる。最初は恋人繋ぎ。そこから、手の甲や掌を指で擦られる。 くすぐったい。ぞわぞわする。この人、何をしてるんだ? 「っ……あ、の……?」 「……敏感なんだね」 「は、っ……?」 「ふふ、……かーわいぃ」 「何、……くすぐったいっすよ…………?」 「……君さぁ……俺とエッチしない?」 「っ!!!???」 瞠若してその人から距離をとろうとすれば、絡めた手がそれを許さなかった。 「あれ?相手が俺じゃ不満?」 「そ、そういう問題じゃっ……!?」 「じゃあ、どういう問題?」 「俺、男だし!あなたの事知らないし!あなたも俺と初対面だし!」 「そうだね?それが何か問題?」 「はぁ!?馬鹿じゃねぇの!?」 「ふふっ!俺のこと馬鹿呼ばわり?」 「何、あんた、まじでっ……!!手ぇ!離せよっ……!!」 「あぁ。君、ノンケかぁ」 「そ、そうです!それです!だから離して!!」 何が可笑しいのかクスクス笑って漸く手を離した。俺が咄嗟に逃げようと背を向けると、その人は口角を上げたまま囁いてきた。 「君から見たら、俺って気持ち悪いの?」 「…………は?」 「男とセックスする俺って、生理的に無理なわけ?」 「…………」 強い口調で、それでも何かに怯えるように、綺麗な顔した謎の人は問う。 「…………別に、誰を好きになろうがその人の勝手だと思います……」 「!」 「俺は女の子が好きなので共感はできないですけど」 「…………」 「ただ、初対面の、誰とも分かんない奴とヤるのは無理っす。気持ち悪いです。やめた方がいいと思います」 「ハッキリ言うねぇ君」 「あなたは、ただでさえ顔、綺麗なんだから誤解されるようなことはやめるべきだと思います」 「……俺の顔が綺麗って、思ってくれてるんだ?」 「!……それは、だからその……」 そうだよね!俺がそう思ってますって言ってるようなもんだよね!口滑らせてばっかりだな……。 「……ねぇねぇ。お話、少しでいいからさせてよ」 「…………」 「駄目ならキスさせて」 「さっさとお話しましょうか」 にっこり笑ったその人に、教えてあげたい。 それは選択肢とは言わないんだよ。

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