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70 過去3
ベッドの近くにあったパイプ椅子に座って、名前も知らないその人の話し相手になる。
……仮名 として、美人と変人、どちらがいいだろうか。
「君、まだ彼氏はいないんだ?」
……よし、変人にしよう。
「いませんよ。今後もずっと。」
「勿体無いねー。君、可愛いのに」
何言ってんだこの変人は。あー、タイミングよく連絡係の仕事入んねぇかなぁ。なんでこんな人と話しなきゃなんねぇの。
「さっきサボりに来たって言ったでしょ?」
「忘れてください」
「誰にも言わないよぉ。だから、教えて?競技サボりたかったの?」
本当に誰にも言わないのか?……そもそもこの変人は本当に興味があって聞いてるのか?
「……係の仕事っすよ」
「……係?」
「……連絡係?とか、交代要員とか」
「へぇ~真面目なんだね。働き者?」
「カップルたちのいざこざに巻き込まれないためですよ。仕事やってれば俺は関わらなくて済むし……」
腕を組んで大きくため息を吐いた俺を、頬杖をついて変人がまじまじと見てくる。変人だけど、綺麗な顔してるだけあって視線に戸惑う。
「なんすか……?」
「……巻き込まれないため?」
「……そっすよ……」
「それだけ?」
「……?」
「……ふふ、君、最高だね」
「は……?」
「友達はいる?」
……この学校に友達、ということだろうか。さっき俺がノンケだって気づいたくせに……。そんなのいるわけ……
「いないよね。ていうか、作ろうとも思ってないでしょ?」
「!……そんなことは、」
「趣味はあるの?」
「……読書」
「うわ、ミヤと同じかよ。この時代に読書する人なんて、ミヤ以外にもいるんだ」
ミヤ?誰だそれは。趣味が読書って、そんな珍しいことなのか?どんな偏見だよ。
「はぁー。やばいわぁ」
「?」
「俺こんな嗜好じゃなかったんだけどなぁ……」
「あの、何なんすか?」
「真っ白の紙があってさ、」
「は?」
「何色にでも、好きな色にしていいですよって言われたらさ」
一体この人は何の話を始めたんだ??美術?
「俺色に染めたくなるよね」
「おれいろ?……あの、全然言ってることが分からないんすけど……?つか、俺絵描かないし」
「ネコに逃げられて、ムシャクシャしてたけど」
ぇ、は?何、猫?絵描く……、……あ、猫の絵描いたのに猫に逃げられた?……てこと?じゃあその絵どうすんの。完成しないじゃん。
「めちゃくちゃ良いもの見つけちゃった」
「……よ、よかったっすね……?」
「ふふ……うん。凄く、いい気分だよ」
全然内容が理解できないけど、楽しそうに笑ってるからいいのか?この学校の人たち、ほんと理解できねぇ……!
「……あの、」
「何?」
「具合悪いんじゃないんですか」
「なんで?」
前髪を掻き上げる姿は、変人でも様になる。この外見だったら、多少変でも許されるんだろうな……。俺は既に苦手だけど。
「……保健室のベッドで寝てたわけだし……いやでも、上半身脱ぐ意味………………海外暮らし長いとか?」
「あはは!海外は関係ないよ。俺寝るとき裸派だから。……俺は元気だよ。昼寝してたの」
「昼寝!?あんたもサボりじゃん!」
なんだよ、それじゃ俺がサボってたのだってどうこう言える立場じゃないじゃん!ビビって損した!
「……ねぇ、なんで名前呼んでくれないの?」
「……はい?」
「さっきから、あなたとかあんたとか」
「名前知らねぇっすよ」
「……それ、演技じゃなかったんだ?」
「……はぁ?つか、知らないのはお互い様でしょ。……ぇ何、あんた有名人なわけ?」
「…………やばい」
「は?」
「君に猛烈にちゅーしたいんだけど。押し倒したい」
「ぇマジキモいから。お話終了していいすか」
ほんと何なのこの人?どのタイミングでそんなぶっ飛んだこと言ってんだよ。
「えーじゃあ名前教えて?それで我慢するから」
「…………成崎、優」
「………………」
「…………あんたは?」
「東舘 和喜。」
「何年すか?先輩すよね」
「うん。2年だよ」
ピースしてヘラっと笑う変人は、口を閉じれば王子様なんだけどな。
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