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72 過去5
「ふぁあ……なんか眠くなってきた~」
「じゃあ寝てください。俺行くんで」
パイプ椅子から立ち上がって背伸びすると、東舘さんは頬を膨らませて拗ねた態度をとる。
「えー添い寝してくれないのぉ?」
「俺以外で、してくれる人を募集してください」
「彼ら添い寝だけじゃ終わんないからさぁ」
…………彼、……ら?……この人相手に、そんなに志願者いるのかよ。
「……東舘さん、寝るのはいいですけど……クラスマッチの競技には出てないんですか」
「気分で出るよぉ。何?気になる?」
「そんなやる気無い感じで使い物になるのかなって」
「ひどぉ!!あははぁでも、そうだね……あんまり興味ないかも」
「見たまんまですね」
「なりちゃんが応援してくれるなら頑張るよ?俺バスケ好きだし」
「……バスケ?……あんなに走る競技出来るんですか?」
「バスケも、ソッチも、体力いるでしょ?」
「………………」
この人と下ネタを引き離すことって出来ないんだろうか。……まさか、どんな人が相手でもこんな話してんのかな……?た、例えば……先生に、向かって…………?
恐ろしい想像をして身震いした俺のもとへ、保健室の扉が開いて、ついに助けが来た。
「成崎……?お前何やって……」
「ぁ小竹っ……!」
「あんまり戻りが遅いからさぁ…………あっ」
振り返った俺は歩み寄ってくる小竹に、喜びの笑顔を向ける。やっとこの地獄の空間から逃げられる。
そう思って笑う俺とは正反対に、東舘さんの存在に気づいた小竹は全身を強張らせた。
「……と、東舘様っ……!?」
「……様?」
「……君、……だぁれ?」
「ぉ、俺は1年のっ……いえ、誰でもないですっ!それより、こ、こいつ、……何も失礼なことしてないですか?まだ、この学校のルールを全然分かってなくて……!」
「は?……小竹?」
明らかに、小竹の様子がいつもと違う。東舘さんに、緊張?萎縮?している。
「何もしてないよ~。なりちゃんは、俺のお話相手になってくれてただけだから」
「なり……?……あ、はい!それは良かったです!」
「ところでさ、君は、なりちゃんとどういう関係なーの?」
そう問いただす東舘さんの目は、また冷たい目をしている。
小竹との関係…….友達と言えたらいいけど、そこまで親しくもないし……でも……。
可能ならば友達と言いたいなと悩む俺なんか放っといて、小竹は迷うことなく即答した。
「クラスメイトです!」
「……そう。ならいいや」
にこっと笑う東舘さん、やりきったという態度の小竹、腑に落ちない俺。
……クラスメイト、だけどさ……俺も友達になれてないとは思ってたけどさ……でも、なんか……
「じゃあの、東舘様、俺たちはここで、失礼します!」
「うん。なりちゃんバイバイ、またねぇ」
意気揚々と出入り口に向かう小竹に続いて歩き出すと、東舘さんはゆらゆらと手を振ってきた。
それを一瞥して背を向けようとしたら、東舘さんは小竹には聞こえないように甘く甘く囁いてきた。
「俺が外に連れ出してあげるから、それまで絶対、誰に誘われても、中で待っててね」
「……え……?」
「ふふ、おやすみ」
俺の疑問を残したまま布団に潜ってしまった東舘さんはそれ以上話すことはなかった。
戸惑いつつも廊下に出ると、ニヤニヤしてる小竹が俺に詰め寄ってくる。き、気持ち悪い。見た目クールキャラは何処行ったんだよ。
「成崎!お前は期待を裏切らない!」
「……は?」
「あの東舘様に、もう出会うなんて……もう!もう!最高だぁ!」
「……ね、待って。様って何?あの人誰なの?」
「あの御方は、2年の東舘、様!名前まで口にするなんて恐れ多い!既にファンも数十人いて、生徒会候補だぞ!そんな御方と話してしまったぁ!!」
喜びテンションの上がる小竹の隣で俺はため息を吐いた。
ファン、ね……あんなド変態の変人でも、顔がよければなんでもいいのかよ。生徒会だって、顔ばかりで決められるメンバーなら、まともなやついないんだろうな。……別に妬んでないから。イケメンで真面目だったら俺なんか勝ち目無いとか思ってないから。
「……ぁ。でも、それならヤバい事した。俺、東舘さんに暴言吐きまくったけど」
「!?!?まじか!?」
「うん。やべ……俺そのファンたちに暗殺される?……よね?」
「……残念だけど、可能性は大いにある」
うわぁ……まじでやらかしたな。どうしよう。今からでも真後ろにある保健室に戻って、土下座して、許してもらうべき?えぇえでも漸く解放されたのにまたあの人と絡むの?嫌だなぁ……
「……いや、ちょっと待て。大丈夫かもしれない」
「ぇ、まじ?助かる?」
「おう……さっき、“なりちゃん”って言われてただろ?」
「……うん、変なあだ名付けられた」
「それ、ふざけて?それとも、定着して何回も?」
「やめろって言ったんだけど、じゃあキスさせろとか訳分かんねぇこと言うからもう好きに呼んでって……」
「東舘様に、やめろって言った!?行為を求められた!?」
「行為じゃない。その言い方語弊を生むからやめて」
「……それは、もう……お前……」
「何?死刑確定?」
「その真逆だよ」
「は?」
「絶対安全領域だよ!!」
「…………はい?」
「び、びけいせめへいぼんうけきたぁあああぁあぁあッ!!!!」
謎の言葉を叫んで、小竹は廊下を疾走していった。後に残された俺は、結局何も解決できないままです。
……“中で、待っててね”
どういう意味だろう?
……いや、意味なんて無いのか?
東舘さんの言葉が引っ掛かって思い返していると、正面から足音が聞こえて顔を上げる。小竹が戻ってきたと勘違いした俺は、現れた人の外見に衝撃を受けた。
「……っ……!!」
か、……こ、いい……なっ……!!
すらりとした体型、同姓の俺から見てもかっこいいと思ってしまった男前の顔。
俺が突っ立ったまま見とれていると、目の前まで来たその人は俺を見下ろした。
「……保健室に、誰かいるか?」
「……ぇ…………あ、変人、ぁ」
「変人?」
失言をガッツリ聞かれてて、聞き返されてしまった。凄い人だって言われたばっかりなのに、墓穴掘ったよ俺ぇ!この人が東舘さんのファンだったらどうするんだよっ!
「違います!すいません間違えました。……東舘さんって人がひとり、寝てます」
「…………お前、」
「失礼します!」
これ以上失態を重ねないために、俺はそれだけ言うとその場から逃げ出した。
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