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1時間後、グランドに行ってみれば髙橋と藏元の他に数人が集まっていた。
サッカーやるって言ってたし、ふたりじゃできないもんね。それでも正式人数じゃないけど遊ぶ人数としてはちょうど良さそうだ。
こちらに気づいたふたりに片手を上げて挨拶して、グラウンド横の芝生の土手に座る。
観客なんて必要かと未だに悩みどころだけど、クラスマッチでは観られなかったしエキシビションマッチとして観れるのならいい機会だよね。
髙橋に召集されたであろうメンバーともすぐに打ち解けた藏元は、メンバーたちとウォーミングアップついでにパス回しを始めた。
メンバーから受けたパスを足で捌いて、リフティングを数回してパスをする。
他の人たちも慌てることなく慣れた動きでボールを回している。
髙橋に集められたあの人たちは全員サッカー部っぽいな。……藏元はあの中にいても違和感なくて、むしろそっちにいたほうが……
膝を抱えて、遠目に見えるその光景をぼんやりと見つめる。
「ベンチに来るかと思ってた」
ぼーっとする俺のもとへ芝生を踏む音と共に渡辺がやって来て、そのまま俺の左隣に腰を下ろした。サッカーを楽しむ藏元たちの声が風に乗って届く。
「ベンチで見ててもよかったのに」
「ううん、どうせなら成崎くんと一緒に見たいし」
「ぁそー」
社交辞令ありがとうございまーす。ベンチからの方が近くで見れるのにね。何かあるのかと既に構えちゃってるよ俺。
「…………藏元くんって、本当かっこいいね」
「……え?」
予想外の発言に間抜けな声を返す。渡辺は俺と同じように膝を抱えて、頬杖をついてサッカーを眺めている。
「転校初日から注目されてたし、」
「……そ、そうだね……?」
「かっこいいし、背も高いし、優しいし……」
「うん……?」
「みんな噂してるよ、藏元くんのこと」
「…………?」
…………え?何?どうしたの渡辺?どういう目的があってそんな話してんの?藏元に乗り換えようとしてる?そう言ってるように聞こえるの俺だけですか?
「……髙橋くんと一緒にいても、全然違和感ないよね」
……あぁ、これは……。
この声のトーンは、相談窓口に来るお客様トーンだ。ご利用は2回目ですね渡辺。今回はどうしたんでしょうか。髙橋関係ですよね?泣いてないだけ進歩してますよ。
「渡辺、……あの…………大丈夫?」
「…………うん。……俺は髙橋くんが好き」
「そー、ね」
髙橋が好きと言う言葉に安心した。
…………ん?安心?……なんで?
「でも、付き合い始めたら……好きなところが嫌に思うこともあるんだよね」
矛盾した発言に眉を寄せる。泣いてないのに、言いたいことが分からない。
「…………何が嫌なの?」
「俺は髙橋くんのフレンドリーで、優しい性格に惹かれたんだ」
「……んー」
「でも、付き合って、髙橋くんの隣が当たり前になったら、……他の人にも優しくしてるの……嫌なんだ」
「…………」
あー……恋人を独占したいという嫉妬ですね。そうなんです。髙橋の近距離コミュニケーションは誰彼構わずなんです。でも、それで好きになった人はいっぱいいるから渡辺が自惚れたと恥じることはないけどね。
「髙橋くんのいいところなのに……俺がそれをやめてって言ったら、髙橋くんのいいところを奪っちゃうから……」
複雑だ。2つの感情と葛藤して、結局何も言えてないんだろうな。
「……それと多分、髙橋くんのいう“運命の人”は俺じゃない」
渡辺の切ない一言に何も言えなくなった。
髙橋は運命の人を探しているとよく言っている。あんな性格の髙橋だけど、意外とロマンチストなんだよね。自分が心の底から好きになれる人を探しているらしい。
だから、来るもの拒まずで多くの人と付き合ってるとか……。
プレイボーイみたいなことやってるけど、誰も運命の人の見つけ方なんて知らないし。よくある、薬指に赤い糸でも絡まっていれば何の苦労もせず見つけられるんだろうけど、人生そんな単純明快じゃない。
運命といっても、誰しも劇的な出会い方をするなんて限らない。髙橋のような探し方で巡り会うかもしれないし。
「……いやでもさ、そんなすぐに決まることじゃ」
「ううん。髙橋くんは俺のこと好きではいてくれてるけど、愛してる、ではないんだよ」
……真剣な渡辺に隠れて、心のなかで唖然とした。
高校生の口から“愛してる”なんて単語を聞くとは思ってなかった。大袈裟だとツッコむところなのか?
「……ぇ、じゃあ……渡辺は、……別れるの?」
「俺は髙橋くんのこと好きだから、……俺からはないと思う。でも、あっちから言われたら別れると思うよ」
「…………」
それが間違ってるとも、正しいとも言えず俺は黙った。
髙橋のこと、好きなんだろ?いくら髙橋のことを思ってとはいえ、渡辺はそれでいいの?諦められるの?納得できるの?
「……ぁ、付き合ってからね」
「?」
「髙橋くんは、本当に運動が好きなんだなって知ったんだ」
「それは俺も知ってるよ」
「成崎くんが思ってるよりずっと好きだと思うよ?」
「……」
ま、まさか、……スポーツに恋してる、とか言わないよね?
さっきからドラマとかの台詞引用してる?だとしたら、好きであっても愛してないなんて言った渡辺に俺はツッコむべきだった?
「クラスマッチで凄く活躍してた藏元くんのこと、あれからずっと話してるんだよ?一緒にやりたくて仕方ないって感じで」
「……へぇー……」
よかった。ベタベタの台詞は回避できた。それにしても藏元、随分気に入られたのね。
「部活にも入ってほしいって力説してた」
あははと笑った渡辺の隣で俺は固まった。
部活?え、それは、駄目だろ。チームプレーのプレッシャーも、周囲の期待も、勝利目的の試合も、今の藏元は求めていない。髙橋には悪いけど、賛同できない。
「……遊ぶだけでいいじゃん」
「……え?」
「藏元に、部活は必要ないよ」
「……でも、……でも髙橋くんは藏元くんと一緒に」
「それは髙橋の意見だろ」
「……成崎くん?」
「…………」
なんか、物凄く腹が立ってきた。何をこんなに苛ついてんだ俺……。髙橋と藏元が話し合う事であって、俺が反対したからってどうなるものでもないのに。
「…………でも藏元くん、あんなに上手いのに」
グラウンドを走るみんなを憂いを帯びた視線で見つめて、渡辺は呟いた。
「勿体無いよ……」
そよ風がサァっと芝生を撫でて、俺たちの横を通り抜けていった。
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