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エルドラはその折れた刃を静かに手に取り、霧の晴れた城を見据えて微笑んだ。
「やっと、俺の求めた景色が見られたぞ」
霜に濡れた葉が旭を反射して美しく輝いている。これが、エルドラが8年もの長き歳月をかけてまで望んだ平和の景色だった。
「…………」
読み終えた小説をゆっくりと閉じた。
裏切る筈ないと思っていたけど、やはり裏切らなかった。それでもエルドラの信念を、100%信じてやれなくてごめん。少しでも、もしかしたら、を想像しちゃってごめん。
心のなかで小説のキャラクターに向けて反省する。
さて、時刻は8時22分。
数分早いけど、教室に向かうことにしよう。
小説を鞄に仕舞って、ガゼボのベンチから立ち上がる。
肌寒さがなくなり、少し暖かい朝になった最近、空を眺めながらマイペースに歩く。
そろそろ夏だなぁ……。いや、その前に梅雨だ。雨の音とかは好きなんだけどなー……また部屋干し多くなるのかぁ。クラスメイトのどうすることも出来ない愚痴も増えるんだよな。
髪の毛がうねる!生乾き臭が気になる!色々身だしなみが気になって彼氏に会えない!
……そんなの俺に言われてもねぇ。ヘアアイロンかけなさいよ。ワックス使いなさいよ。柔軟剤使いなさいよ。乾燥機かけなさいよ。
俺は娘の世話する母親か!ってツッコみたくなる。
昇降口で靴を履き替え、階段を昇り教室に向かう。廊下には数人、まだ生徒がいる。
人がいることに安心して余裕で着いたと思ったけど、教室の扉を開けて時計を見れば2分前だった。……大多数の人は、これを余裕とは言わないよね。
いつも通り、皆からたくさんの挨拶を貰う。それなりに返しつつ席に向かっていると、扉を開けて俺よりもあとに生徒が登校してきた。
「藏元くんおはようっ!」
「藏元くんおはよー!」
「お早う」
俺よりもギリギリに入ってきたのは、藏元だ。
あの休日のサッカーのあと、髙橋に朝練の相手をしてほしいと申し込まれた藏元はその誘いを受けた。
藏元のことだ、部活の誘いを断って、更には練習相手も断ったら、髙橋に申し訳ないと思ったのかもしれない。……もう部活に誘われたのかは知らないけど。
そんな事があった為ここ数日、藏元はずっとギリギリの登校をしている。
「成崎、お早う」
「おぅ……」
少し離れている席から微笑んでくる藏元に、ぎこちない挨拶を返す。
朝は髙橋と朝練に。放課後は髙橋がいる部活の練習だけに参加してる藏元。
今までと比べると少し疎遠になっている。そのせいもあってか、勝手に、気まずいと感じる。
俺以外の友達ができて、楽しめる趣味も一緒だ。こんな嬉しいことはないじゃないか。
「……いいことだ」
部活を強制されてるわけでもないし、藏元が楽しめているならいいじゃん。自分に言い聞かせるように呟いた。
チャイムが鳴って、ズッキーが入ってくる。が、その様子はカビの生えた雑巾……は言い過ぎか。髪はボサボサ、髭はそのまま、服は皺だらけ、眠気なんか隠す気もなく大欠伸。
とにかく、よくそれで人前に立てるなってくらいの姿で、2Bの生徒は全員愕然とした。
「うぃー……」
……酔っ払いか。初っぱなの挨拶からやる気なしか。
「はぁー疲れた……」
んなことどうでもいいわ。さっさとHR進めろよ。
と誰もが言ってやりたいと思っただろうが、ぐっと堪えてズッキーを見る。
「……いよいよ来ましたぁ……テスト期間でーす」
その一言で、ズッキーの容姿とか態度とか言動なんか意識の中から消し飛んだ。
あー……だから窶 れてんのね。通常業務に加えてテスト作成ですもんね。ご苦労様です。
「成崎ー」
「嫌です」
「えー先生まだ何も言ってないんですけどー」
「昼休み職員室に来い、ですよね」
「っ!凄いじゃん成崎ぃ、大当たりぃ」
はい拍手、とズッキーが言うとクラスメイトたちは空気を読んだように拍手してくる。
ちょっと懐かしいよ、雑用係を祭り上げるこの感じ。
「テストは2週間後だから、今週来週は部活なし。図書室と多目的室は自主勉のために開放するので、希望者は利用できるぞー」
連絡事項を読み上げ、ズッキーは凝り固まった首を回した。
「以上。俺眠いからHR終わり。1時間目の授業の準備始めろー」
だらっと始まったHRは、だらっと終わった。教室から出て行こうとしたズッキーは、あと1歩のところで止まって振り返った。
「成崎来いよー待ってるからなー」
「はぁ……はーい先生!必ず行きまーす!」
どうせ拒否権なんてないじゃないか。
笑顔をつくってテンション上げて言ってみたら、ズッキーが真剣な口調で言ってきた。
「成崎……笑顔も演技も下手になったな」
「うるせぇよ駄目教師」
今日も変わらず、面倒くさい先生でした。
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