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部屋を出た俺は人もまばらな廊下を抜けて、外に出て、寮の裏に回り、非常階段を登り、5階に到達した。
今の時間が最適な時間帯だったのかもしれない。夕食や入浴時間と重なって、人通りは殆んどなかった。
さぁ残るは最難関。5階の廊下を通って、宮代さんの部屋のドアに辿り着かねば。
この数十メートルの廊下では、誰と鉢合わせても即アウトだ。何故ならば、出てくる人全員が委員長及び生徒会役職員でアイドル様だからだ。決して気を抜いては駄目だ。
非常階段から中に入り、僅かな踊り場に身を潜めて、廊下の様子を伺うようにほんの少し顔を覗かせる。
片目の視界だけ広がったところで、俺はすぐに壁の後ろへ隠れた。
あ、ぶねーっ……!よりによって風紀委員長様ですよ!
ほんの少しの視界から見えた、廊下の奥に歩いていく後ろ姿。あの異様なオーラ、委員長のなかでも俺が1番関わりたくない人ダントツNo.1。
獲物を狩る狼の如く、違反者を取り締まっては楽しんで罰則を与えるというドS。
あの人だけには絶対に目をつけられたくない。
息を殺して待つこと数十秒、バタンとドアの閉まる音がした。
……よし、一気に行くぞ。ここからは少しの躊躇もあってはいけない。
意を決して、競歩、いや、駆け足で会長部屋まで突き進んだ。
コンコンッ
廊下に響かない程度、中の宮代さんにギリギリ聞こえてくれと祈りつつドアをノックした。
ガチャ
ドアが開いて、俺は腕を引かれて粛然かつ迅速に入室した。背後でドアの閉まる音がして、俺は全身の力が抜け緊張から漸く解放される。
「……はぁああっ……!!死ぬかと思ったぁっ」
「ははは、お疲れ。誰にも会ってないか?」
「多分、成功したと思います。最後の最後で、風紀委員長様がいて胃が縮みましたよ」
「……見られてない?」
「大丈夫っす。そこは何がなんでも」
「あいつは相当揚げ足取りだから、面倒なんだよ」
「関わりたくないので、どんな人かも殆んど知らないですけど、怖い人だとは噂で嫌というほど聞いてます」
「もし関わったら、必ず俺に言えよ」
手を差し出されて、それが何を意味するのか、俺は一切悩むことなくその手をとる。
宮代さんはよく手を握ってくれる。それを仲良しの兄弟みたい、くらいにしか俺も思わなくなっていた。
手を引かれて、リビングに行くとテーブルには勉強道具一式が並べられていた。
「すいません、勉強中だったんすね」
「俺が成崎を呼んだんだぞ」
だから謝るなよ、と微笑みかけてソファーまで進む。そこに一緒に腰を下ろして、背凭れに頭を預けた宮代さんは天井に向かって息を吐いた。
「ふぅー……」
「……疲れてますね……?」
「というか、勉強に飽きた」
「……ぁ、テスト勉強してたんですか?」
テーブルの上には教科書と一緒にテスト予定表もあった。それを見ようと体勢を前に倒したら、それで気がついたんだけど……。手が、未だに繋がれている。
「宮代さん、手……」
「……あーうん」
「…………」
返事したくせに、顔は上を向いたまま目を閉じていて、手は離してくれない。
完全に、空返事。
「…………あの……」
「………………」
「………………」
ね、眠いの?……めっちゃ疲れてんじゃないの?俺ここに来て本当によかったの?
「…………っ、」
「腹減ったな」
「……ぇ?」
ムクッと顔を戻した宮代さんは、時計を見てからこっちを向いた。
「成崎は?何か食べたいものある?買ってくるよ」
「…………す、スーパーに行くんですか?」
「うん。……もう何か食べたか?」
「いえ……まだ……」
そこでふと思い出す、約束。
「ぁ、じゃあっ」
「ん?」
「宮代さんは何が食べたいすか?」
「俺?」
「はい、……その……もしよかったらですけど…………つ、くり……ますよ」
店の料理より旨くできるか分からないけど。
まだ、俺の料理に興味があれば……だけど。……いやでも俺、そう考えると余計なこと言ったかな……?
「覚えててくれたのか」
「……ぁ、でも、宮代さんが食べたいものが店にあったらそっちを、」
「成崎、疲れてない?作れるか?」
「……俺は大丈夫ですから」
どこまでも俺を優先する宮代さんに、こっちが恥ずかしくなって顔を反らす。
「じゃあ、お願いしたいな」
「……うす」
手は今も握られたままで、それでも、さっきよりもずっと熱い気がした。
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