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意外だった。 どんな料理をリクエストされるのか、内心ハラハラドキドキしていたのだけど、宮代さんが注文してきたものは至ってシンプルな家庭料理だった。 その名も、カレーライス。 野菜がたくさん入っていて栄養価が高いのに、作り方は超簡単。でも作る人によって個性が出る、愛されるべき国民食……と俺は思っている。 俺が材料を切ったり、炒めたり、煮込んだりしている最中、宮代さんはずっと隣で眺めていた。そんなに見られても、華麗な包丁捌きとかないから……。平凡でごめんなさいね。 出来上がったカレーをご飯にかけて、ソファー前のテーブルに運ぶ。横に並んで座って手を合わせる。 「いただきます」 空腹発言から約40分、漸く宮代さんにご飯を振る舞えた。 スプーンを口に運び、一口目を静かに味わう宮代さんの反応を伺ってしまう。 「………………」 黙ったまま、目を閉じて、一口目を吟味している。 ……ま、不味い?作るとか言い出しといて、俺まさか失敗した?そしたら大失態じゃん。土下座する?目開ける前に土下座しとく? 「…………ぇ」 怯えて宮代さんを見れば、じっとカレーを見つめていた。 そ、そんなに珍しいカレーに見えます?かつて味わったことのないカレーになっちゃいました? 「……ご、ごめんなさいっ!嫌いなものでもっ……?不味かったですかっ!?」 「……いや、感動してた」 「………………は?」 「……手料理って、やばいよな」 「…………」 や、やばいとは?宮代さんってもしかして潔癖?じゃあ完全アウトじゃん…… 「……成崎、ありがとう。体に染み渡ってる」 あ、そっちか。よかった。 「…………いや、俺は別に大したことは」 「旨いよ」 「なら、……よかったっす」 二口目を食べる宮代さんに、ほっと胸を撫で下ろす。俺もスプーンを持ち、食べ始める。 喜んでもらえたなら、……本当によかった。 「……ところで、成崎」 「はい」 食器にスプーンがカチカチと当たる。ウーロン茶を飲んだところで、宮代さんが呟いた。 「……元気ない理由、教えてくれるか?」 「…………あー……」 そうでした。色々見透かされてるんでした。でも、なんて言えばいいんだろうか……。 「……まだ難しそう?」 「……いやそのっ…………と、友だち……の……ことで」 「うん」 「……あの、とっても情けない話なんですけど………………友だちに新しい友だちができることを……素直に応援できなくて」 スプーンを握る手に力が入る。 人に悩みを打ち明けるって、結構難しいな…… 「……でも、やっぱり。あいつが新しい友だちと仲良くやってるから、応援すべきなんだって……思って……」 「…………藏元、てやつのことか?」 「!なんで……?」 「よく成崎と一緒にいるところを見かけてたから、仲いいんだろうなって思ってたんだ」 「…………ほんと、宮代さんって視野広いっすよね」 「というか、お前のことになると気になってさ」 ぉ、おいおいおい、なんだ突然胸キュン発言!?俺にやったところで、宮代さんのプラスになるような見返りはないですよ?! 「ぇ、えっ……?」 「人に優しすぎるからな、成崎は」 「それは、宮代さんのほうが…………」 「藏元と気まずいならさ」 「……はい」 「テスト期間だし、俺の部屋に来いよ」 「え……いや、でも、それは迷惑に」 「迷惑じゃないよ」 「でも……」 …藏元と友だちになって、独りが少し苦手になった。心細いのは確かだけど、でも宮代さんの生活まで乱したくない。 「成崎、」 「……宮代さんに迷惑」 「俺の部屋に来る間、ご飯作ってよ」 「…………そんなことでいいんですか?」 「そんなこと?成崎にとっては些細なことなんだ?」 「え……だってご飯とかは……」 「じゃあ、いいんだな?」 「…………」 強引な言い方。でも、遠慮なのか意地なのか、素直に頷けない俺を助けてくれる優しい宮代さん。 「……じゃあ、お、お邪魔します」 小さく頭を下げて、スプーンを持ち直した。

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