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「成崎くん成崎くん!」 「んー?」 テスト期間に突入したことで、普段より授業への皆の集中が増していたこの日、午前の10分休憩中にクラスメイトが俺の席まで駆けてきた。 その生徒は俺の様子を伺って視線をさ迷わせては、服の裾をギュッと握ってはにかんだ。 「あのさ、催促するのもどうかと思ったんだけどさ…………今回のはまだ、その……貰ってないなー……て、思って」 「…………ん?」 次の授業の教科書やノートを出しながら、その生徒に疑問を返す。机の前に立つその生徒を見上げれば、周辺の生徒全員が俺を見ていた。 ……つまり、この生徒が言っていることは今俺を見ている生徒全員の代表で言っているということ。…………何か約束してましたでしょうか? 「貰ってないって何を………………あ゛っ!!」 言葉にして、俺は自分の大失態に気付いて立ち上がる。 「やべっ……!!」 「……もしかして、成崎くん、忘れて……?」 「あぁあいや、そうじゃなくてっ…………きょ、今日の!今日の昼休みにどうにかしてくるからっ!」 俺の慌てた態度に悲愴、疑念、不快、それらの視線を感じる。 まずい。しくじった。自分の精神状態が不安定過ぎて、それに手一杯になっていた。それでは駄目だ。ノンケである俺の、身を守るための仕事を忘れるなんて言語道断。 「ぃ、忙しそうなのに、ごめんね成崎くん」 「大丈夫っ、声、かけてくれてどーもっ」 微笑んで頷いた生徒は、すぐに席に戻っていった。 あぶねー……今日のうちに何とかしないと……。凄く屈辱的でなるべくこの手は使いたくなかったけど、……小竹に助けを求めるか。 そもそも、自分なんかにいっぱいいっぱいになってた俺が悪い。この状況を打開するには多少の嫌な思いも我慢しなくては。 「………成崎、」 俺が冷や汗を拭っていると、控えめにそう呟いてきたその人は俺の机から少し離れたところに立っていた。 ……だよね。俺がお前の手、払い除けたんだし。その距離が普通だよね。 「藏元」 「……成崎、あの……」 「……ごめんっ!」 藏元の言葉を待たずして、俺は思いきり頭を下げた。 「俺の個人的なことで藏元に八つ当たりして……ほんとごめん!」 藏元と髙橋のことで、俺が悩んじゃいけない。藏元が友だちになると決めたなら、それに従おう。それが藏元のためだし、藏元ファンのためだ。 「ぁ……うん。俺は……大丈夫、だけど」 「……じゃ、仲直り?てことでいい?」 「そうだね」 安心したように藏元は空けていた距離を縮めてきた。 「成崎、今日の放課後、予定とかある?」 「放課後?」 「うん。昨日髙橋たちに勉強会しないかって誘われたんだ。だから、成崎も一緒にどうかなって」 「あー、ごめん。俺別に約束あってさ……」 「そうなんだ……そっちも勉強会?」 「まぁそんなとこ。でも、誘ってくれてありがと」 「うん、また今度、ね。」 “髙橋たち”ってことはサッカー部の集まりだろうな。仮に俺がそのなかに入ってたら完全に浮く気がするんだけど……。 「ぁさっき、貰ってないって言われてたの、あれ何?」 「それなんだけどさ……」 髙橋と勉強会するのなら、藏元にも大いに関係するだろうけど、俺が言ってもいいのか?これは髙橋から言われるべきだろ? 「……?」 「……髙橋と、仲いいんだよね……?」 「?うん……」 「嫌なら嫌って言える?」 「……大丈夫だよ」 多分藏元は、俺が前の学校のことを気にしてると思ったんだろう。実際俺は別のことを気にしているのだけど、嫌と言えるならそれでいい。 「じゃあ、内容は髙橋本人から聞いてね。ファン交流勉強会のこと」 「……交流勉強会??」 「ちゃんと、忘れずに、本人から聞いとけよ」 「…………?」 目をパチパチと瞬かせる藏元を置き去りにするように、次の授業のチャイムが鳴った。

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