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「─、……─崎」 「…………」 「成崎」 「……ぁはいっ」 宮代さんの部屋で、テスト勉強中に意識をトリップさせていた俺は隣に座る宮代さんの呼び掛けにハッとして現実に戻った。 夕食前に少し勉強しようと、ソファーに横並びで座ってテーブルに向かっていた状態でフリーズしていたらしい。 「大丈夫か?」 「はい、すいませんっ……ちょっと、考え事しちゃって……」 「何かあった?」 「いえ、大したことじゃないんす」 「……本当?」 「はい。……ぁ、そろそろご飯作りますね」 宮代さんの視線から逃れるようにソファーから立って、キッチンに向かう。 手を洗いながら、それでも考え事の原因を思い出してしまう。 今日の放課後、教室で藏元と挨拶を交わした時のこと。 教室に髙橋と、ふたりのサッカー部員が藏元を迎えに来た。 また明日、と言い合って藏元は髙橋の傍に行った。髙橋は俺に手を振ってから、藏元と一緒に歩いていった。 だけど、連れふたりはすぐには行かなかった。俺の経験上、これはいい話ではないというのは察した。 教室の中に入ってきたふたりは俺を威圧するように前を塞ぐ。 「……なんすか」 「成崎、であってるよね?」 「そーすけど」 「へぇ!ノンケで有名なのお前だったんだぁ。去年も違うクラスだったし、初認識ぃ」 こう囲まれたら普通は萎縮するんだろうけど、過去に何回も誤解で囲まれた経験があるので今さらビビる俺じゃない。 「それはそれは。眼中外からの認識あざーす。で、そんな俺に何か用すか」 「そんな敵視しないでよ。ちょっと喋りに来ただけだからさ」 「そうそう。藏元くんのことで、ちょぉっと話したいんだよね」 囲んで、見下して、威圧的な口調で言ってきといて敵視しないでよ、はないだろ。 菓子箱でも持ってペコペコしてきたら、こっちもお茶くらい出してヘラヘラするんですけどね。 「あんまりいい内容じゃないよね。俺が藏元に告げ口したらどうすんの?俺の性格そんな知らないんだろ?」 「君のことは知らないけど、ノンケが何を優先するかは分かってるよ」 「…………」 「久道くんがね、藏元くんといると凄く楽しそうなんだよね」 「でも藏元くんさぁ、何かって言うと君を誘おうとするわけよ」 はい出たー。巻き添えだよ。それ俺に言ったって意味なくない?だって誘うのは藏元だし、そういうのは藏元の自由じゃん。 「久道くんも誘うの許してるけどさぁ……」 ぇじゃあ、尚以てあなたたち関係ないじゃない。 「俺たちの言おうとしてること、分かるよね」 「……いや全然」 「嘘だぁ。頭の良さそうな君ならわかるでしょ」 「藏元くんに誘われても断れよってこと」 「理由までは言わせないでよね。俺らだってそこまで酷いこと言えないからさ」 じゃあそういうことだから、とこっちの言い分も聞かないでふたりは行ってしまった。 今考え直しても、誘いを断れと言われた理由はあれだろうな。髙橋と藏元、ふたりの姿を見たいから、てやつだな。 考えをまとめながら玉ねぎをみじん切りにしようと包丁を持ったら、宮代さんが隣に来て手を洗い出した。 「今日は何にすんの?」 「ハンバーグにしようかと」 「おぉ、いいね」

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