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宮代さんは眉を上げて、肉を掌に乗せたまま固まった。 ぁ、あれ?調子に乗り過ぎたか?やっぱりいきなり先輩を名前呼びとかまずい……か? 「……な、なーんて……はは」 「……いいよ」 「ん?」 「なんか、本当に料理教室に来てるみたいだし」 ……意外に乗り気だった。……まぁ宮代さんはそれくらいでキレるほど心狭くないだろうけど。 少し口角を上げて、空気を抜く作業を再開する宮代さんはやっぱりぎこちない動きだけど、楽しそう。 真剣にやってる姿って、誰でもかっこよく見えるしちょっと可愛いじゃん?それに加えて宮代さんは顔がいいから、余計微笑ましいというか………………と、のんびり眺めていたかったんだけど、そうもいかない。だって……。 「…………めっちゃ飛んでるし」 「え?」 え?じゃねぇっすよ!また飛び散ってるよ!意外と学習しないね宮代さんっ! 「ほら!指の隙間から飛んじゃってるんすよ!見て!回りがひどい状況に!」 「あー……でも、(ぬめ)りが気持ち悪くてさ」 「それくらい我慢しなさい!」 「……なんでそっちは形が整うんだ?」 俺のハンバーグと自分のハンバーグを見比べて、首を傾げてる。 「…………」 宮代さん、それは単に慣れだよ。俺が初心者の宮代さんと同レベルだったらそれはそれで問題だよ。 「そっちは手にくっつかないのか?」 「……は?同じっすよ!何言ってんすか!?大丈夫?!」 純粋に疑問を持ったらしい宮代さんは、1回、俺のハンバーグを投げた。 あー……形を整えたハンバーグがぁ…… 俺の悲愴の声も虚しく、ハンバーグはまたベチッと残念な音を響かせた。 「………………ごめん。ちゃんと……こっちもくっついた……。」 「……ちゃんとって何!?」 宮代さんに、初めてこんなに強く突っ込んだ。 これ以上自由にやられるとハンバーグが可哀想なので、宮代さんから取り返して整えて、宮代さんのハンバーグも整えてその作業を終わらせた。 油を引いて温めたフライパンにハンバーグを2個並べて焼き始める。 ヌルヌルが我慢できなかったのか、宮代さんはいち早く手を洗ってからフライパンを覗く。 「ハンバーグって、難しいな……」 「………………」 ここってお世辞にも話合わせるべきなのか?いやでもね、俺の作り方って本格的なやつじゃないからお手軽レシピなわけで……云わば、手抜き時短レシピみたいなやつなんだけど。 「……小さい頃とか、全く料理しなかったんですか?」 「一切してないな」 「ハンバーグ、母親と作ったとかよくあるしゃないですか」 「俺の母親は、キッチンは自分のテリトリー、みたいな人だったから。父や俺はほぼ立ち入り禁止だったよ」 なるほど。そういう事情、感覚は家庭それぞれだもんな。 「じゃあ宮代さんのお母さんは超料理上手?」 「あれ、名前は?」 それまだ続いてたのっ!?さっきのノリ1回きりだと思ってたんだけど!? 「け、…………継さんのっ……」 「照れんなよ。移るだろ」 じゃあ言わせんなよっ! 「母親は上手っていうか、あれはもう趣味だろうな」 「……へぇ。……寮で暮らしてると、食べたくなるんじゃないすか?」 生活の“家事”を趣味にしてしまうほどの料理なんて、レパートリーも多そうだし絶対旨いだろ。俺は生きていくための必要最低限だからな。 「……確かに、手料理の暖かみは恋しくなるけど」 そこで、料理ド下手の宮代さんから、王子様宮代さんに変わった。 「今回のテスト期間は乗り越えられそう」 「…………そー、すか……」 さっきまで超不器用曝してたくせに、なんだよその笑顔。はいはい格好いいよ。眩しいよ。宮代さんの言葉に、素直に照れてるんじゃないよ俺。 照れ隠しに、ハンバーグをひっくり返した。

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