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微かに、雨の音がする。 まだ眠りの中にあった意識が、少しずつ自分の体の感覚を取り戻していく。 滑らかなシーツ、柔らかな毛布。心安らぐ甘い香り。安心する温もり。 心地いい鼓動………………ん? 寝ぼけ眼を半分だけ開けて、現実を確かめる。 目の前には、白いシャツからちらつく鎖骨。俺が枕代わりに使っていたのは、人の腕。 安心する温もりの正体は、その人の体温。 俺はその人の胸のなかで、ぴったりとくっついて寝ていたのだ。この人は誰?なんて、考えなくても分かる。 昨日隣で寝ていた人はその人しかいない。 俺はなんて恐ろしいことを………… 「……ぁ、おはよう。」 「…………」 既に起きていた宮代さんは、相変わらずの甘い微笑みを朝っぱらから俺に向けてきた。 「?……寝惚けてる?」 「……ぉ、」 「ん?」 「俺の寝相の凄さに衝撃を受けて……金縛りに会いました……」 「フッ、はは……今朝はちょっと寒かったし、俺も丁度良かったよ。だから気にすんな」 「……」 ぇ何この人。神様過ぎる。男子に抱きつかれてんのに、そんな軽く流してくれんの?むしろ心配になってきたよ。宮代さん、ファンにつけこまれて食われたりしない?大丈夫? 「宮代さん、もし何かあったら、……力不足でしょうけど、俺助けますから」 「?」 せめて宮代さんの優しさを利用しようとする奴からは、絶対守らなければ。 宮代さんの胸のなかから抜け出せば、今度は宮代さんが俺の背中にくっついてきて、腹に腕を回されて、結局また腕のなかに閉じ込められた。 「??なんすか?」 「寒いからもうちょっとこのまま」 「え……?起きないんすか?」 「まだ起きる時間には早いし。つか、起きる気しない」 「あれ?宮代さんって朝弱いんすか?」 「……というか、今だから?」 「は?」 俺の襟足あたりに顔を埋めて、宮代さんは掠れた声で呟いた。 「テストじゃなかったら、学校休みたかったな」 「あはは、何をおっしゃってるんですか会長~。学校じゃあんなキラキラしてんのにサボりたいなんて、柄じゃねっすよ~」 「キラキラ?……俺が?」 「そりゃもう、孤高の王子様って感じです」 「その“王子様”って、優的にはどうなの?」 「……どうって?」 「どう見えてるんだ?」 「………………」 俺にはどう見えてるか?そりゃあみんなが言うようにカッコいいし憧れるけど………… 「……会長様より、宮代さんのほうがいいっす」 気安く話しかけられない崇高な生徒会長様より、こうやってふざけあえる宮代さんのほうが好きに決まってる。 「……なんつーか……にぃちゃんみたいな、宮代さんがいいっす」 「……優、お兄さんいるのか?」 「いないっす。もしいたら宮代さんみたいな人がいいなってことっす」 「…………じゃあ、名前の代わりに兄ちゃんって呼ぶか?」 「えぇ??ごっこ遊びすか?」 「俺はどっちでもあり」 「えぇえ??」 「どっちにする?優」 「いや、え?どっちって?その2択すか??宮代さんのままじゃ」 「あのなー」 ちょっと不機嫌になったらしい宮代さんは、俺に回していた腕に少し力をいれてきた。 「!ちょ、ぅうっ……??」 「どっちも嫌なら、今日は一緒に登校するかぁ」 「!!わ、分かりました!はい!決めました!け……継さんっ」 「……だから、名前呼んだだけで照れるなよ。」 クスクスと背後で笑う宮し……、継さんに少しばかり腹が立ってきた。 俺で遊ぶのも大概にしてくれ。俺だって、その気になれば翻弄する側になれるんだぞ。 ちょっと声のトーンを上げて、震わせてみる。 「……継にぃ、今日はなんでそんな意地悪なのぉ……?」 ……誤解しないでね。わざとだから。こんな甘えたな性格じゃないから。この場のノリで、継さんの会話の予測を裏切ってやりたくなっただけだから。 なんて、軽率な発言した俺はただ阿呆だった。 「…………ったく、」 「?」 「どんだけ可愛いのお前」 「ぐえっ!け、継さん!苦しい!!潰れる!まじ、まじで!ごめんなさいふざけました!だ、だから、ご勘弁っ!!」 顔は見えない。けど、毛布のなかで身動きとれないくらいきつくきつく抱き締められれば、継さんが楽しんでるってことは分かった。 そこでふと思った。 継さんは、誰にでもハグするのかな。

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