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んー……あんまり気にしたことなかったけどな……
朝いつもよりほんの少しだけ早くに登校した俺は、回りのみんなが勉強するなか、またひとりだけのんびりと過ごしていた。
机に左頬をくっつけて目の前に広げた掌を眺める。
この手……昨日握られてたよな。継さん……じゃなくて、宮代さんは元々結構手繋いでくれる人だったし…………ハグとかも、その延長線上で、親しい友達とかにはする人なのか?
外国人挨拶スタイル的な……。
……いや、ちょっと待てよ?
ベッドで、男が、抱きついてても、挨拶ハグと同等か?
そんなわけないだろ。冷静に考えてみろ。それは普通、拒絶するよな?ベッドの上なんて、場所が場所だ。
宮代さんだって、そこの違いは……
「ぁ」
“安全ではないかもよ?”
その言葉を思い出して、硬直した。
あれ…………そういえば俺……あの時……、……キス、されそうだった?……てことは、ベッドのハグはただのハグじゃなくて……
今さらあの時の宮代さんの表情を思い出して、急激に暑くなる。
「……成崎くん、顔真っ赤だよ?」
「!!」
いつからか、前の席の生徒が俺を見ていたらしく、顔を覗き込んできた。
「だぃ、じょぶ……です」
顔を隠すように、腕を組んでそのなかに顔を埋めた。
いやいや、無いって!宮代さんが俺に?まさかそんなことっ…………
“どういう意味で取りたい?”
……っ!?だから違うから!ここで誤解してたら余計恥ずかしいから!自惚れも程々にっ……
俺が俺のなかで大混乱していた時、教室がソワソワと妙な空気に包まれた。
「聞いた?あの話」
「藏元くんのこと?」
「そうそう」
「ご指名だったのかな」
「そうじゃなきゃ行けないでしょ」
クラスメイトたちが囁く話題は藏元のことらしい。俺は頭のなかを整理しつつ、聞こえてくる会話に耳を傾ける。
「髙橋くんと最近仲良かったのにね」
「やっぱり人気なんだよ、藏元くんは。取り合いだよっ」
……髙橋?……髙橋が告ったって話、もう広まってるのか?
「藏元くんをご指名された方って誰なんだろう?」
「期待しちゃう!だって5階に行ったんだよぉ??」
ぐぉおおっ……まじか。そうきたか。ご指名って……委員長クラスの誰かが、藏元を5階に招待したってこと?
どんなデマですかそれ。どうせ5階に出入りした藏元の姿を見た誰かが憶測で話したことが広まったんだろ?単純で、幸せな頭の持ち主だな。噂話だけでこんなにウキウキされると、現実の俺が申し訳なくなるよ。
現実は、残念ながら俺なんかを探しに来ただけなんだよ。ほんとごめんね。
「あっ、来たみたい!」
「出来るだけ知らないフリしないとねっ」
どうせ噂話。現実は違うんだから、そんなに張り切らなくても……。
楽しむクラスメイトを横目で見ていた俺は、扉を開けて入ってきた藏元に違和感を覚えた。
いつも通り爽やかでかっこいい藏元は、周囲のみんなに笑顔で挨拶を交わす。着崩す事なくきっちりと制服を着て、席までまっすぐに歩いていく。
近くの生徒と談笑しながら席についた藏元は、一瞬たりともこちらに視線を寄越さなかった。
別に自惚れているわけじゃないが、今まで藏元は、どんな表情であったとしても気にかけるように俺を見ていた。それが、初めて、無かった。
……助かった、気もする。昨日、髙橋に告白された筈で……、宮代さんの影に隠れて藏元から逃げた。そんな俺が、藏元と目があってもどうしたらいいか分からない。反らすだけで終わったかもしれない。
……やっぱ、ビビってんだよな。友だちが、いなくなること……。
再び、視線を教室内から机に戻した。
ぁ、やばい。またネガティブゾーンに入っちゃう……。そう思ったとき。
“いつかまた、共に笑い会える日がきっと来る”
「…………あぁ……そっか」
宮代さんがどうして寝付けない俺にあのシーンの台詞を言ったのか。今になって分かった。
藏元の事で悩んで眠れなかった俺に、あの台詞がピッタリだったんだ。ただふざけたわけじゃなくて、俺への心遣いだったんだ。
藏元から逃げて、宮代さんに守られて。
今の俺って、……めちゃくちゃカッコ悪い……よね?
…………もういい加減、覚悟を決めよう。
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