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灰色の雲が空を覆って青空は少しも臨めないそんな今日は、藏元が言っていた映画鑑賞の日だ。
ついに迎えてしまったと思う自分と、さっさと蹴りをつけてしまおうと思う自分が拮抗してる。
「おーっす」
ドアを開けて、部屋を訪ねてきた藏元に何事もなかったように普通の挨拶をする。
「……こんにちは」
「どーぞ」
当然、藏元は表情が固い。
学校にいる時から今日までまともに視線を合わせていないのだから、藏元の反応が正しいんだと思う。それでも、それにつられないように平常を装って部屋に招き入れる。
ソファーに座るよう促し、お菓子と飲み物をテーブルに揃える。飲食できる雰囲気ではない気がするけど、形だけでもそう見えるようにする。一通りの準備を終えて、隣に座って、藏元に問う。
「……えっと、持ってきた?見たい映画」
「ぁ……うん」
俺の様子に戸惑いつつも、藏元は持ってきたディスクケースを差し出す。
「じゃあ早速上映しまーす」
「……成崎」
「んー?」
ディスクを受け取ってプレイヤーにセットしながら会話を続ける。
藏元の声と、俺の声。重さが、明らかに違う。
「……その、……知ってるよね。髙橋との事」
「んー、知ってるよ」
やっぱりその話は避けられないよな。
そう思いつつも、軽い返事をする。ソファーに戻って、リモコンを操作する。
「で、どうするか決めたの?」
「えっ」
「え?」
「…………」
沈黙。
……何?俺がこの話題に反応するのは変だった?俺から広げるべき話題じゃなかった?
「……え、と……どうするかっていうのは……?」
「付き合うの?髙橋と」
始まった映画を見つめながら、あくまでクラスメイトの恋愛相談を聞くように藏元と話す。
「……いや……その……どうかな。付き合うって考えは無かったっていうか……」
「髙橋の事、嫌いではないんだろ?」
「それは、そうだけど……」
「まぁ、そこは藏元の好きにしていいと思うけどね」
「好きにしていいって……?」
「この学校はそういうところだから。付き合うって判断も、受け入れてもらえるってこと」
偏見なんか無いに等しいから、世間よりずっと気楽に受け入れてもらえる。
映画は雨のなか体育館に駆け込む男子生徒のシーンから始まった。
青春もの?一緒に見たい映画のジャンルが青春ものって、なんか意外だ。
「……成崎も、そうなの?」
「ん?」
「成崎も、今後付き合う可能性、あるの?」
「……」
……それは俺が、同性と、てこと?
「……さぁ。どうだろ。告られたことないし。……んー……でも、多分、付き合わないと思う」
だって女子が好きだから。
「言い切らないね」
「ん?」
「……告白してきた相手が、もし、会長だったら答えも違うんだろ?」
「……ん?」
なんで、どうしてここで宮代さんの名前が出てくるんだよ。つーか、会話の内容が濃すぎて、全然映画に集中出来ないんだけど。……まさか、俺を捕まえる為の罠だった?映画鑑賞ってただの口実?この映画は手持ち無沙汰に持ってきたやつ?一緒に見たい映画とかでは全然ないとか?くそっ……策士藏元めっ……!
「なんで宮代さんが出てくるんだよ」
「成崎が、前に寝言で言ってたから。仲いいんだなって」
「……そんなの知らないし。偶々だろ。」
「……正直に教えてほしいんだ。誰にも話す気はないから。……俺が成崎を探しに行ったあの日、会長の部屋にいたんだろ?」
藏元が誰かに話すような奴じゃないって、そんなこと知ってる。でも、言うわけにはいかない。自分のなかにある、絶対に歪められない、絶対厳守のルールを破った瞬間、何もかも歯車は狂い始めるぞって本能が告げているから。
「……宮代さんの部屋になんて、行った覚えはないよ」
「……」
視線すら向けない俺に、藏元は口を閉ざした。
これが嘘だとバレていて、嘘つきの友だちは嫌いだと藏元と絶交する事になったとしても、俺は訂正しない。訂正できない。
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