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入学したばかりの数日を、頭の片隅で思い出す。 それは、ノンケ仲間と昼食をとっていた時、 “実は俺さ……か、彼氏ができて……” の第一声から始まった。 最初は、うわぁまじかっ……みたいなリアクションだったけど、話していくうちにそいつが相手をどれだけ好きなのか伝わってきて最後はみんなで応援ムードになってた。 “俺たちと昼休み過ごしてんじゃねぇよ!彼氏のところにさっさと行けよ!時間勿体ねぇだろ!” なんて言葉までかけた気がする。 そいつは、“こっちにもたまに顔出すから!”とは言っていたけど、数回来て、その後はピタリと来なくなった。 残っていたノンケ仲間も、……まぁ同じような感じで蒸発していって、最後は誰もいなくなった。 その時と、状況は似ている。藏元には少し踏み込み過ぎたけど、何となく分かっていた未来ではある。 ソファーに正しく座る俺と、体を俺の方に向けて斜めに座る藏元。次の言葉でも探しているのか、黙ってしまった藏元との間に居心地の悪い沈黙が流れる。 俺はその場凌ぎで映画を見つめた。 映画は男子高校生の部活を題材にした映画だった。卒業と同時に海外留学してしまう生徒と、卒業したらスポーツを辞めてしまう生徒の、親友二人が挑む最後の大会の話。 スポーツ……藏元がチョイスしそうな映画。口実って言ってごめん。ちゃんと見たかったな、この映画。こんな……口論に近い会話なんかしてないでさ。 「……髙橋、藏元のこと本気で好き、みたいだったよ」 「……やっぱり、成崎に相談してたんだね」 嫌な沈黙に耐えられなくなって呟けば、隣で小さく息を吐く音がした。 「ちょっと馬鹿でうるさいけど……見た目はかっこいいし、いい奴だよ……髙橋」 「……うん」 藏元の様子を盗み見れば、顔だけをテレビに向けていた。 映画見るならちゃんと座ればいいのに。それじゃ後から首痛くなるぞ……。 「髙橋は俺をスポーツに誘ってくれて……入部を断ってもそのまま仲良くしてくれてチームメイトの輪のなかにも入れてくれた」 「……」 「チームメイトにも、ファンにも、友だちにも分け隔てなく優しくて、気さくに話しかけて盛り上げて……ほんと、ムードメーカーって髙橋みたいな人の事を言うんだろうね」 「だな」 藏元の話を聞いてて、素直に頷けた。 そうだよ。友だちがとられる、なんて下らない嫉妬をしていたからちょっと避けていたけど……髙橋は、いい奴なんだ。 「……髙橋は、藏元が嫌がることはしないと思う」 「……付き合ったら、の話?」 「おぅ」 「……そうだね。そういう配慮も出来る人なんだろうねきっと」 気付けば、部屋の窓に雨が打ち付けていた。梅雨の時期とはいえ、いい加減湿気にはうんざりだ。梅雨明けはまだ先だろうか。 「……あのさ、成崎」 「ん?」 「成崎はずっと、俺が髙橋と付き合うって前提で話してるよね」 「……ぇ……?」 少し強めの一言に、俺は聞こえているくせに聞き返してしまった。 俺……そうだった?そんなことしか言ってなかった?

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