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……いやでもさ……遅かれ早かれそうなる日は来る。だったら、髙橋のような安心できる人が相手の方がいいに決まってるだろ。
「……そんなつもりはなかったけど、……でも、髙橋も本気だったし」
「応援したくなった?」
「……」
勿論、そうなるなら応援しようとは思ってた。でもそれとは別に、最初から離れていくって覚悟しておいた方がその後のダメージが少ないからっていう理由もあったんだ。
「成崎と同じように……ずっとノンケはあり得ない?」
「みんな最初はそう言ってたよ」
……けど、みんな、離れていった。その言葉は“絶対”じゃない。
「俺がノンケじゃなくなるのも、想定内ってこと?」
藏元という友だちに対する執着だけが、想定外だったよ。
テレビ画面を見つめたまま、首を縦に振る。
映画では主演ふたりが涙を流している感動のシーンだったけど、もう内容なんて入ってこない。藏元に至っては見てすらいない。
逃げて、嘘をついて、口喧嘩っぽいことまでした。どれだけ寛大な藏元でもここまで関係が悪化すれば、俺に嫌気が差すだろう。
いよいよ、さようなら、かな。
こんなに酷い状態で人間関係に終止符を打つのは久しぶりだ。相手が藏元なだけに、悔恨の念が胸にこみ上げた。ただ、今さら言ってもどうしようもない。
俺は気づかれないように、奥歯にグッと力を込めた。
「……成崎」
「……何」
内心、罵られることも覚悟しつつ藏元を見れば、その表情に戸惑ってしまった。
藏元の表情は切なげで、眉に少し力を入れて泣くことを我慢しているような瞳だった。
そんな表情のまま、ゆっくりと右手を俺に伸ばしてきては、頬に触れてきた。
「……泣いてる」
「……ぇ……?……あれ、嘘……」
藏元の親指に拭ってもらって初めて、自分が涙を流していることに気がついた。我慢していたのは、俺だった。
“泣きたい”って感情、家出してると思ってたんだけどな。いつ帰ってきたんだよ。
「……はは、まじか」
人前で泣くなんて……めっちゃ恥ずかしい。誤魔化すために笑ってみれば、瞳に溜まっていた涙が溢れて頬を流れていく。
藏元は左手も俺の頬に当てると、両手で涙を拭ってくれた。
「……なんで……止まらな……?」
止まらない涙に半笑いする。藏元はそんな俺を一切笑うことなく見つめて、掠れた声で囁いた。
「成崎の、思う通りだよ」
……何が?と瞬きすればまた涙が頬を伝う。どうやったら止められるのか困惑していると、両手に包まれた顔は藏元の方へ向けられた。
未だに両手の親指で涙を拭ってくれているけど、止まる気配がまるでない。
藏元って、ほんと綺麗な目してるよな。睫毛長ぇ……。
潤んだ世界でも藏元はかっこいい。
黙ったまま、俺と藏元は暫く見つめ合う。映画の音が遠くに感じた。
そして、どれくらい見つめ合ってただろうか。
ゆっくりと近づいてきた藏元は少し首を傾げて、俺の唇に唇を触れさせた。温かくて、柔らかくて、涙で濡れたその感触。そのまま数秒触れていた後、ゆっくりと離れた藏元は鼻先がくっつく距離で囁いた。
「……涙で濡れてるね」
「……ごめん」
「謝ることじゃないよ」
ふふっと笑ってまた唇をくっつけてきた。今度は数回に分けて。離れたと思ったら、角度を変えて再び触れてくるその柔らかい感触。つん、つん、と触れる度にくすぐったくて俺も笑ってしまう。
「……成崎」
「ん……」
「涙、止まったね」
「……ん……はは、くすぐってぇから」
藏元の手首を掴んではにかむと、またすぐ唇をくっつけてきた。
今度は唇で唇を挟んで軽く噛まれて、少しの刺激を与えられる。その刺激に一瞬力んだ俺を宥めるようにまた数回つんつんと触れてリップ音を立てて離れた藏元は、その艶やかな唇をギュッと結んで苦しそうに笑った。
「……ごめんね、」
「…………?」
「……俺はもう、成崎と同じノンケじゃないよね」
「…………」
「俺…………成崎が好き」
「…………」
「友だちでいてあげられなくて、ごめん」
壊れ物を扱うように優しく頭を撫でた藏元は、ソファーから立つとそのまま部屋を出ていった。
ガチャン、と扉の閉まる音がして漸く俺は現実に引き戻されたのだった。
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