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「えっもう寮に戻るのっ!?」 「そうなのよぉ帰ってきてまだ4日しか経ってないのに……」 「せめて1週間はいるだろぉっ!」 「あー……行事の係り引き受けちゃってるからさぁ」 ……なんて、ほんとはまだ家に居たかったよ、みたいな理由を言ってみたけど実際はこれ以上ここにいたら恋愛話を根掘り葉掘り聞かれそうで……防衛策として、寮に逃げることにした。 両親から大袈裟なほどの見送りを受けて電車に乗った俺は、来たときに見た景色を逆再生しながら目的の駅まで静かに過ごした。 駅を出て、栄える街の中を歩いていく。 華やかな町並みも、賑わう人混みも、学校の門の内側に入ってしまえば無関係の景色だ。 ここと学校で変わらないものといえば、夏らしいこの熱気だけだろう。 「あっつ……」 ショルダーバッグを肩に掛け直して、湿る首を手の甲で拭う。 学校まであと3キロくらいあるか……?荷物も少ないし、学校に戻る前の準備運動も兼ねてと思ったけど…………しんどいな。 「はぁ……」 街路樹の日陰に入って一先ず休憩をする。 俺ってこんなに体力無かったっけ……?それとも家にいた後半を、ずっと部屋に籠って読書漬けで過ごしてたからか……?こんなグダグダな状態で戻ってあの学校で生きていけるのか……? 「無理……」 自信無い。 俺の役割は主に雑用係だから、バテてられない。相談員としても、バテてられない。 ……しかも、それに上乗せして俺は…………その、藏元……に…… 「より無理……」 暑さで体力が奪われるなか、精神も削られて重いため息を吐いた。日陰のなかを生温い風が通り過ぎていって、俺は額の汗を拭った。 「自分と格闘中?」 「……?」 突然、俯く俺に誰かが声を掛けてきた。 そうですけど何か?という意味を込めて顔を上げれば、諸々の感情が吹っ飛んだ。 「……なんでいんの……!?」 「夏休みだし?外出届出したら、街くらいには出られるでしょぉ」 黒いサンダルに黒いパンツ、体格の割りに大きい薄ピンク色のTシャツ。 シンプル夏コーデ、みたいな特集の雑誌の表紙を飾ってそうな爽やかでお洒落なその格好。それでも気取っているように見えないのは、着ている本人が綺麗な顔だから相応しく見えるんだろう。 「なりちゃんは帰省から戻ったところ?」 「はい……」 くそ……学校ではあんな変人なのに、私服で会うと視覚効果が凄まじい。普通のイケメンに見える…… 「東舘さんは、帰ってないんすか」 「うん。めんどいじゃん」 帰省した俺に言うのか…… 「ぁ、俺は、だからね」 顔に出てたのか、東舘さんは珍しくフォローしてきた。 ……なんか、フォローもそうだけど……今日の東舘さんはいつもと違う気がする。なんだろう? 「…………」 「……何?」 「……あー分かった」 過多なスキンシップが無いんだ。いつもは会うなり即くっついてくるから……いや、別に寂しいとかじゃないからね。むしろ感心してるからね。この人にも場を弁えるって普通の感覚あったんだって。しかも今は汗ばむくらいの暑さだから、本当によかった。 ひとり納得して頷けば、東舘さんは片方の眉を上げて顔を近づけてきた。 「何が分かったの?なりちゃんにそんな見つめられると困っちゃうなぁ」 「っ……近いわっ!別に、見つめてねぇっす!」 「なりちゃんがいいなら、俺はここでだってキスくらい」 「黙れっ!」 俺の感心は、呆気なく打ち砕かれた。 やっぱこの人分かんないっ!! ほんの僅か回復していた体力は、東舘さんのせいでみるみる消費されてしまった。

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